男木島に獣医師団を派遣し、医療費を負担したのが公益財団法人「どうぶつ基金」だ。TNRを広めていくことで、国内での殺処分をゼロにすることを目標に掲げて活動している。

「どうぶつ基金」では、先端をカットした耳をサクラの花びらに見立てて、TNRを施した猫のことを「さくらねこ」と呼んでいる。

「さくら耳は人間に愛されている猫の印なんです」

 理事長の佐上邦久さんはいう。

「手術後も『地域猫』として、地域のひとたちに見守られながら暮らしているのです。ですから、さくらねこに出会ったらその背後に優しいひとたちがいるのだと思っていただきたい」

 島(あるいは地域)の猫に丸ごとTNRを施すという試みは、男木島が初めてではない。「どうぶつ基金」が関わった例では、希少種のアマミノクロウサギを守るための鹿児島県・徳之島での取り組みが挙げられる。ノラ猫や不適切な飼い方をされている猫は、その土地の生態系を壊してしまうこともあるのだ。

 アートの島である男木島に、観光地・猫島としての安定的価値が加われば、島の未来は明るいのではないか、とも思われるのだが、そう簡単ではない。島の住民の理解が、最も大きな課題になっているのだ。島の飲食店関係者はこう話す。

「本当は観光客も猫ではなくて、島の自然を楽しむために来てくれればいいと思うんやけど……。猫さまさまであることはわかっているけど、じゃあみんなで世話をしましょうということになると、それはちょっとねえ」

 島民のほとんどは猫に関心がないのだ。

 観光客が増えて島がにぎわい、それが少なくとも一部は猫のおかげであることは理解している。

 しかし積極的に関わることには抵抗がある、という声が多い。

 それでも、男木島には「理想的な猫島」としての可能性が色濃くある。

 島全体も小さいが、ひとが住む集落はさらに狭く、細い坂道が入り組んでいて、迷路のようで楽しい。

 夕日の落ちるころ、のぼりきった坂から眺める瀬戸内海の眺めは絶景だ。

 芸術祭に出品されて残されたアート作品が、のどかな土地柄にポップな趣を添えている。

 そして猫たちが、満足そうに島を歩き回る。草むらにのんびり寝そべり、屋根の上で日向ぼっこをする。その豊かな静けさは、都会でも他の島でも見られない、男木島という猫島ならではの幸せな光景になるはず。男木島が実現しようとしているのは、単にかわいいだけではない猫の「戦略的価値」を突き詰めた、「猫島の最先端モデル」なのだ。

週刊朝日 2016年9月16日号