中国の南シナ海問題やロシアのリオデジャネイロ五輪出場問題といった大きな問題に対して、ジャーナリストの田原総一朗氏は日本の新聞報道に疑問を呈する。

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 7月26日のどの新聞を読んでも、「うーん」と、首をひねってうなってしまった。どの新聞も、二つの出来事を大きく報じていたが、いずれも歯切れが悪かった。

 一つは、ラオスの首都ビエンチャンで開かれたASEAN(東南アジア諸国連合)外相会議についての報道だ。会議の共同声明作りは紛糾の末、南シナ海での中国の主張を全面的に否定した常設仲裁裁判所の裁定にふれない声明が25日に出された。

 仲裁裁定とは、国連海洋法条約に基づくフィリピンの提訴を受けた仲裁裁判所が、7月12日に南シナ海のほぼ全域を囲い込む中国独自の境界線「九段線」に歴史的権利を主張する法的根拠がないと断定したもの。スプラトリー諸島の人工島に対して排他的経済水域が生じないなどの判断を示した。

 ところが、ASEAN外相会議で、中国の王毅外相は巨額の経済支援で味方につけたカンボジアやラオスなどを通じ、仲裁裁定を共同声明に盛り込むことを拒否させた。王毅外相はビエンチャンに乗り込み、各国に裁定への言及を避けるように働きかけたのだ。共同声明が出た後、王毅外相は「ページはめくられた」と、すでに過去の話になったかのように言い捨てている。

 だが、裁定は国連海洋法条約に基づいて、正当な手続きを経て下された司法判断であり、共同声明がどのようなかたちであろうと、その順守を国際社会が求められるのは当然だ。中国が手前勝手な解釈で、軍事拠点化を続けるのを受け入れることはできない。日中外相会談で、岸田文雄外相が中国側に裁定を受け入れるよう求めたのに対し、王毅外相は「日本は言動を慎むように忠告する。誤りを繰り返すべきではない」と反論した。南シナ海問題で日本は部外者であり、口を挟むなという意味だろうが、聞き入れるわけにはいかない。

 
 南シナ海は日本にとっても重要な海上交通路であり、中国が一方的に軍事拠点化を進めることは、航行の自由を脅かし国益を大きく損なうことになるからだ。日本、米国、オーストラリアの3カ国外相会談で、繰り返し中国に裁定の順守を要請しているのは、どの国にとっても看過できない問題であるからだ。

 もう一つ、「うーん」とうなったのは、国ぐるみのドーピングを指摘されていたロシアについて、国際オリンピック委員会(IOC)が選手のリオデジャネイロ五輪への参加を国際競技連盟(IF)の判断にゆだねると決めたことだ。これを受け、世界アーチェリー連盟は25日にロシアの女子3選手の出場を認めると発表した。テニスと馬術、セーリングのIFもロシア選手のドーピングが認められないとして参加を認める意向を示すなど、競技団体側からはロシアの参加を認める動きが出てきた。読売新聞の結城和香子編集委員は、26日のコラムでこう書いている。

「IOCは24日、ロシア選手団のリオデジャネイロ五輪出場を容認した。五輪運動の存続の危機には、時に五輪の変質にもつながる妥協を併せのんできたIOC。ボイコットで参加国が激減した1980年代のような混乱を生みかねない、ロシアとの対決を避けることが、生き残りの道と判断した。競技の公平性や反ドーピング体制への信頼に、更なる疑問符がついたとしても」

 IOCのバッハ会長には「責任の放棄だ」との批判が多く寄せられているそうだが。

週刊朝日  2016年8月12日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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