ポスト佐藤(中央)を争った福田赳夫と田中角栄 (c)朝日新聞社
ポスト佐藤(中央)を争った福田赳夫と田中角栄 (c)朝日新聞社

 高等小学校卒ながら、首相に上り詰め、「今太閤」と呼ばれた田中角栄が逮捕されて、7月27日で40年になる。空前の角栄ブームとなった今、「米国の虎の尾を踏み、失脚した」との説が有力視されている。朝日新聞編集委員の奥山俊宏氏が裏付ける証拠を見つけ出そうと、解禁された米公文書の密林に分け入って見えてきたものとは――。

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 ホワイトハウスの文書の数々を読むと、田中はたしかに、米政府の「虎の尾」を踏んでいた。

 国務次官だったジョンソンの回想録によれば、「田中は安保条約に不満を持っている」という記事がニューヨーク・タイムズに掲載され、ニクソンがとても腹を立てたことがあった。

 ニクソン大統領の怒りの原因となったと見られる記事は、田中の話を情報源と明示したうえで、両首脳の間で日米安保条約と台湾防衛の関係について突っ込んだやりとりがあったように紹介されている。

 その記事によれば、米国は条約上、中国本土の共産党政府の脅威から台湾を防衛する義務を負っており、その義務を果たすために沖縄など日本列島に在日米軍がある。ところが、記事によれば、田中は「日米安保条約は基本的には日本防衛を目的としており、台湾防衛については台北とワシントンの問題だ」と述べた、とされている。

 記事によれば、田中の見方は米国の立場と異なる。記事は「日本防衛は自衛隊が責任を負っている。在日米軍は、韓国、台湾、フィリピン、南ベトナムに対する米国の約束を果たすために存在している」と指摘している。

 日米双方の記録によれば、首脳会談で田中はニクソンに「日本にとっていつまでも中国との国交断絶状態を継続することはできない」と言い、台湾との断交は避けられないだろうと述べた。米側の記録によれば、ニクソンは「日中の国交回復は友人の負担の上になされるべきではない」と答えた。

 この会談の3週間余り後の9月25日、田中は北京を訪問し、29日、中華人民共和国との間で外交関係を樹立し、台湾政府と日本の国交は断絶した。

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