実は、内藤さんはこのころの記憶があいまいだ。家族によると、薬の副作用に苦しむ一方で、飲まないと悪化してしまうかもしれないという恐怖に、「薬の植民地になるのは、もうこりごりだ」と言っては涙を流していたそうだ。自宅マンションのベランダから飛び降りようとしたことも1度や2度ではなかった。

「劣等感、負い目、体の自由がきかないつらさ。家族が作ってくれた料理も味がしないし、お笑い好きなのにテレビを見ても笑えない。ついに廃人になってしまったと、絶望的な気持ちになっていました」(同)

 もう、薬をやめるしかない。内藤さんと家族は話し合った。患者を気遣うこともなく、淡々と処方を続ける医師への不信感もあり、だまって断薬を決めた。

「勝手に薬をやめるのはいけないこと。それは知っていました。でも、こんなに苦しいのは薬のせいだと確信していましたし、『どうにでもなれ』とやけになっていた部分もありました」

 内藤さんの場合、それが結果的にいい方向に出た。薬をやめて数日後には、体に変化が現れ始めた。だるさやしんどさが軽くなったのだ。体調の回復に伴い、気持ちも前向きになっていった。現在は職場を変え、自分の体調に気を配りながら仕事をこなす。

「不発弾を抱えているような不安もありますが、病気を経験したことで『これ以上がんばるとヤバい』という、危機管理能力はつきましたね。抗うつ薬ですか? もうこりごりです」

 主治医にだまって薬をやめるのは離脱症状などの危険があるため、絶対に勧められない。だが、ここまで追いつめられる人もいる。

 厚生労働省の患者調査(2014年)によると、「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)」の患者数は、過去最高の111万6千人。昨年12月からは職場の「ストレスチェック制度」も始まり、うつ病などへの注目が集まっている。

 過酷な体験を語ってくれた内藤さんをはじめ、うつ病患者にとって、薬とどう向き合うかは大きな課題だ。多剤投与が問題視されて久しいが、処方そのものの是非についても、改めて考える時期に来ている。

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