「抗うつ薬の投与においては、ガイドラインうんぬんより医師の裁量が大きく、どんな医師に取材をするかでまったく答えが違います」

 と前置きしつつ、答えてくれたのは、北里大学東病院院長で、精神科医の宮岡等医師だ。

「抗うつ薬は“効く人に投与すれば効く”んですよ。効果がないのに“様子を見ましょう”と漫然と処方を続けたり、薬をいくつも変えたりするのは意味がありません。なぜなら、二つまでは抗うつ薬を変えてみるにしても、三つ目以降で初めて効くケースはまれといってもいいからです」

 宮岡医師のもとには、「薬を変えても、一向に良くならない」と訪ねる患者が後を絶たない。「『診てもらっていた精神科医の判断がよくなかったのでは』と言いたくなる患者さんが少なくない」と顔をしかめる。

 抗うつ薬が効く患者と効かない患者には、どこに違いがあるのか。

「そんなに難しくありません。WHO(世界保健機関)のICDやアメリカ精神医学会のDSM−Vなどの診断基準を満たし、かつ重症の患者さんには効きます。一方、軽症の患者さん、または不安障害などのほかの病気と合併している患者さんには効きにくいんです」(宮岡医師)

 これには科学的な裏付けもある。例えば10年に米国医師会雑誌(JAMA)に載った論文だ。この論文は過去の複数の論文をまとめたもので、うつ病の重症度を測る検査で「軽症」とされたうつ病では、プラセボ(偽薬)と実薬との効果にほとんど差がないと報告されている。日本うつ病学会の治療ガイドラインでも、「初診時には薬物療法を開始せず、傾聴、共感などの受容的精神療法と心理教育を開始」とある。

「軽症の患者さんには、まずその方の生活環境、職場環境、人間関係などを聞いて、問題があれば、一緒に対策、解決法を考えていく。そういう面接を続けていけば、薬を使わなくても症状は改善することが多いものです」(同)

 国内のうつ病患者は20年近くの間に約2.6倍に増えているが、「軽症」の増加の影響が大きいと推測されている。つまり、薬の効きにくい患者が増えているわけだ。これらの論文やガイドラインは軽症患者にとって、薬が合わずにつらい思いをしないで済むことにつながるはずだ。

週刊朝日 2016年7月22日号より抜粋