──西村履三郎は武士ではなく河内の庄屋なんですね。

飯嶋:大塩本人以上に興味を引かれたのが西村履三郎など、士分ではなく百姓分の名主・庄屋たちです。彼らは百姓の代表だけど支配の末端に位置している。経済的には豊かで、この時代、一番楽に暮らせた人たちなんですね。常太郎だって父親があんなことをしなければ、何不自由なく安楽に暮らせた。実際、大多数はそうやって暮らしていたわけです。ところが履三郎などの一部の庄屋は、大塩の考え方に呼応する感受性を持っていて、権力の手先として支配を強めるのではなく、百姓たちを体を張って守ることを選んだ。そこに興味を持ったんです。

──常太郎は15歳で隠岐に流されますが、島民に受け入れられ、医者として真摯に生き、父の行動の意味を理解していきます。

飯嶋:島の人たちも困窮し、松江藩への不信が高まっていましたから、民のために立ち上がった大塩に共感を感じていただろうし、何の罪もない、今だと中学2年生ぐらいの子どもが流されてきて、同情したと思う。それに隠岐は後鳥羽院、後醍醐天皇など身分が高い人や教養のある政治犯も流されていますから、彼の父親のやったことの意味を理解し、常太郎に語れる人がいてもおかしくないでしょう。

──その一人が「江州湖辺大一揆」の首謀者だった近江甲賀の杉本惣太郎ですね。

飯嶋:江戸に送られ、佃島で死んだとされている惣太郎が、実は隠岐に流されて常太郎と出会い、一揆について語る。それによって常太郎は父の行動の意味を知る。これは私の想像で、小説だからこそ書けるわけですが、現実に、大塩の乱や近江の一揆、隠岐の島民たちが蜂起する隠岐騒動などは幕末から明治維新に至る時代のうねりのなかで連関しています。

<2015年 歴史・時代小説ベスト10>
1位 『狗賓童子の島』飯嶋和一(小学館)2300円
2位 『若冲』澤田瞳子(文藝春秋)1600円
3位 『鬼神の如く』葉室麟(新潮社)1600円
4位 『天下 家康伝(上・下)』火坂雅志(日本経済新聞出版社)各1800円
5位 『ヨイ豊』梶よう子(講談社)1800円
6位 『武士の碑』伊東潤(PHP研究所)1800円
7位 『藪医 ふらここ堂』朝井まかて(講談社)1600円
7位 『人魚ノ肉』木下昌輝(文藝春秋)1550円
9位 『うずら大名』畠中恵(集英社)1300円
10位 『ごんたくれ』西條奈加(光文社)1500円

※編集部注、7位は同数で2冊あります
週刊朝日 2016年1月1-8日号より抜粋