『米内光政』(新潮社)を書いた故・阿川弘之氏。米内総理は悪性インフレを避けようとした (c)朝日新聞社 @@写禁
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 異次元の量的緩和でデフレ脱却を目指す日本。しかし、元モルガン銀行東京支店長などを務めた、フジマキこと藤巻健史氏は“悪性インフレ”を危惧する。

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 テニス仲間のAさんは、テニスに来るとき、いつも財布を持ってこない。家から持ってきた飲料水がなくなったからと言って、160円を私から借りたときは翌週、ハイパーインフレ時代の200億ジンバブエドル札で返してくれた。先日、財布を持たない理由を聞いたら、「お金なんて必要ならば刷ればいいんですから」と片目をつぶった。Aさんは元日銀マン、私の財政ファイナンス(国の借金を中央銀行が紙幣を増刷することによってまかなうこと)批判を熟知している方だ。

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 先日お亡くなりになった阿川弘之氏の『米内光政』(新潮社)によると、第2次世界大戦開戦時、「進むも亡国、退くも亡国なら、死中に活を求めるべきだ」と主張し始めた陸海軍の作戦部に対し、昭和天皇は、「それではヤケッパチということか」とたしなめられたそうだ。

 第37代内閣総理大臣を務めた米内光政も参内したとき、「俗な表現を用いて恐れ入りますが、いわゆるジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬようご注意願いたいと存じます」と言上したそうだ。海軍軍人でもあったにもかかわらず、米内は戦争末期には極秘裏に、しかし強硬に早期終戦を主張したそうである。米内はさらに「インフレーションの惨害は自分がこの前の欧州大戦後にドイツにいて、まざまざと見てよく知っている。悪性インフレだけはどんなことがあっても避けなければならない。そうして国民生活を安定させることが必要だ」とも述べた、とのことだ。

 デフレというジリ貧を避けようと、悪性インフレというドカ貧を招くやけっぱち政策はまずい。一刻も早く異次元の量的緩和から撤退すべきだ。ワイドショーのコメンテーターが、「異次元の量的緩和でこんなに簡単に景気がよくなりデフレから脱却できるのなら、苦しんできたこの二十数年間は、なんだったのでしょうね」と話していた。これだけの量的緩和をすればデフレから脱却でき景気がよくなるのは子供でもわかる。それでも白川方明前日銀総裁、米国共和党、ドイツが量的緩和に大反対したのは、のちに起こりうる「悪性インフレ」というドカ貧が怖かったからのはずだ。

 政府は実質的に「財政ファイナンス」をしている。財政ファイナンスがハイパーインフレを引き起こすことは歴史が証明しているし、どの経済の教科書にも書いてある。財政法第4条で赤字国債の発行を禁止し、第5条で日銀引き受けを禁止しているのも、悪性インフレを二度と起こすまいとした先人の知恵だ。

 6月の参議院決算委員会総括質疑で私が麻生太郎財務大臣に「『異次元の量的緩和』は『財政ファイナンス』そのものではないか」と聞いたとき、大臣は「デフレ脱却という目的のために行っているのだから全く違う」とお答えになった。しかし財政ファイナンスか否かは「目的」で判断するのではない。「事実」で判断されるはずだ。

 1923年のドイツのように軍事費調達や賠償金支払いの目的であろうと、社会保障費確保のためであろうと、中央銀行が実質的に「国債を引き受け紙幣を増刷する」のならば、それは財政ファイナンスそのものだ。毎年40兆円前後の新規国債発行に対し、日銀は2倍の80兆円もの国債を買い増している。「ぎんぎらぎん」の財政ファイナンスだと私は思うのだ。

週刊朝日 2015年8月28日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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