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 数多くの生き物が暮らす屋久島の海。潜れば、魚たちが交じり合う“混沌”の光景が広がっている。水中写真家の高久至が屋久島の海を伝える。

「屋久島」と聞いて、何を思い浮かべるだろう。樹齢数千年の縄文杉か、「もののけ姫」の舞台となった苔むす森だろうか。独特な生態系が作り出す緑豊かな森は、世界自然遺産・屋久島の代名詞だ。

 しかし、海について知る人は少ない。世界屈指の暖流である黒潮の影響を色濃く受け、屋久島の海には、南方のカラフルな生き物が流れ着く。さらに島のすぐ北には、生物分布の境界線があるとも言われており、温帯の魚と亜熱帯の魚とが、同じ場所で泳いでいる。多種多様な生命が息づく“混沌”の海なのだ。

 最新の調査によれば、海水魚だけでも約1200種を数えるという。愛くるしいミヤケテグリの雄は、美しい背びれを突然開き、激しい求愛行動を見せる。終戦の頃に沈んだとされる「ゼロ戦」の残骸では、獰猛(どうもう)なドクウツボの口の中を、小さなエビが掃除している。チョウチョウウオは、サンゴが産卵するや否や産みたての卵を食べ始める──なんと贅沢な海だろう。

 横浜で生まれ育った僕が初めて屋久島を訪れたのは、2008年の新婚旅行。心優しい島人と出会い、厳しい気候が作り出す圧倒的な自然、そしてこの海に出合い、魅せられた。1年後に島に移住し、朝から晩まで、時には晩から朝まで潜り続けている。海が時化(しけ)のときは川や漁港で、潮が引けば岩場の潮だまりで、海とそこに棲む生き物のことだけを考えて暮らしている。

 魚たちの多くは、明け方や日没の頃に繁殖行動が盛んになる。アカウミガメは夜中に産卵にやってくる。満月や新月の日にはとりわけ生命が躍動する。人間の生活リズムには合わせてくれない。

 一心不乱に潜って、僕は海の秘密にほんの少し近づいた。その一方で、不思議さは増していく。潜るたびに神秘的な表情を見せてくれるのが、屋久島の海なのだ。

週刊朝日 2015年7月10日号