民主党きっての政策通で、菅直人内閣の官房長官を務めた仙谷由人氏(68)。がいま、知人に熱心に薦める本がある。フランスの経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』だ。そこには「資本収益率(r)は経済成長率(g)より大なり」という“「r>g」の法則”など経済学の定説を覆した新理論が書かれ、絶大な評価を受けている。

【書評 ベストセラー読解『21世紀の資本』】

 そこで気になるのが、同書の理論を日本の経済政策、つまりアベノミクスにあてはめると、どうなるのかということ。

 日本は、米国ほど極端な格差社会ではない。だが、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうち、日本の相対的貧困率の高さは米国に次いで第2位。米国や英国と違って超富裕者は少ないが、働いても賃金が低くて生活が苦しい非正規社員や「ワーキングプア」の増加も社会問題になっている。

 ピケティが日本経済に言及した機会は少ないが、インフレ誘導を目的とした日銀の異次元金融緩和には、すでに警鐘を鳴らしている。

「不動産や株の値をつり上げてバブルをつくる。それはよい方向とは思えません。特定のグループを大もうけさせることにはなっても、それが必ずしもよいグループではない」(1月1日付朝日新聞)

 朝日新聞元経済部長の小此木潔・上智大学教授は言う。

「アベノミクスには『r』をさらに大きくする発想が根本にある。株価上昇に重点を置き、非正規雇用を増やすとの懸念がある派遣法改正など、労働市場の規制緩和に積極的。大企業や資産家優先で、不平等を深刻化させてしまう設計思想なのです」

 懸念は現実になりつつある。この2年で大企業の業績は回復し、株価も約2倍になった。ところが、物価上昇分を差し引いた実質賃金は、前年同月比で17カ月連続減だ。

 安倍首相は、企業収益が賃上げにつながり、消費が増える「経済の好循環」を目指している。評論家の中野剛志氏は、それが実現しない原因をこう指摘する。

「安倍首相は大企業に賃上げを求めるなど、格差縮小型の行動もとっている。それが、経済政策を議論している経済財政諮問会議などでは、低所得者に負担の大きい消費増税や黒字企業しか恩恵を受けない法人税の引き下げなどを提言している。政策に一貫性がなく、日本経済の成長を難しくしているのです」

 ピケティは今月29日に来日し、講演やシンポジウムに参加する予定だ。アベノミクスの現状をどう見ているのか。その発言が注目されている。

週刊朝日 2015年1月23日号より抜粋