全国で順次公開中の映画「パーソナル・ソング」。認知症やアルツハイマー患者への音楽療法を題材に描き、2014年サンダンス国際映画祭ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞したドキュメンタリー映画だ。その映画に感銘を受けたという、聖徳大学音楽学部音楽総合学科教授で精神科医・音楽療法士の村井靖児が、音楽療法士ならではの視点で見どころを語る。

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 認知症患者にiPodでその人の思い入れのある曲を聴かせたところ、驚くべき効果が表れた……というアメリカのソーシャルワーカー、ダン・コーエン氏の試みを追ったドキュメンタリーです。かつてない衝撃を受けました。「昔のことを何も思い出せない」という90歳の女性にルイ・アームストロングの「聖者の行進」を聴かせると、昔話をスラスラと話しだします。ドロンとした目をして何事にも無反応だった94歳のヘンリーは、あるゴスペル曲を聴いてパッと目を輝かせ、手足を動かして歌いだします。

 コーエン氏の試みは、発想としてはとても単純に思えます。しかし今まで誰もやってこなかったことです。現在の音楽療法の形は20年ほど前から始まっていますが、おおむね集団で歌を歌ったりする「歌唱療法」が中心でした。理由は患者さんが喜んで参加してくれること、また音楽療法士は主治医ではないので患者さんと一対一の対話ができず、集団として接するしかないという事情がありました。我々も「音楽を聴いて心を落ち着かせることはできても、劇的な治療効果は出てこない」という偏見を持っていたんです。“音楽の力”をこのように目で見たのはこの映画が初めてです。私もすぐに「やってみよう!」と思い、いま病院の院長に許可を申請中です。

 着目すべきは“ミュージック”ではなく人の声が入った“ソング(歌)”であること。ヘッドホンで直接耳に聴かせていることも大きいはずです。左右の聴神経に思い出が凝縮した音楽刺激が突然入ってくるわけですから。そして「何がその人のパーソナル・ソングなのか」という選曲の大事さです。体験の強い曲に反応しているようなので、家族に聞き取りをして探るのがいいのでしょうね。

 この映画は、起こったことを見せることに専念しています。それはとてもいいと思いますし、僕のような医者から見ても信頼に足ると感じます。今後は医学的見地からの検証が必要になるでしょう。例えばこの効果はどのくらい続くものなのか。患者の認知症の程度も重要です。脳の萎縮がどの程度進んでいるのか、また、高齢者特有の抑鬱は関係しているのかどうかなどです。いずれにせよ“事は起こった”のですから。

(聞き手・中村千晶)

■映画「パーソナル・ソング」
監督:マイケル・ロサト=ベネット
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中/78分

週刊朝日  2014年12月19日号