「ニュースで顔写真を見て、ひっくり返るくらいびっくりしました。ひっかかる寸前のところでした。危なかった」

 そう話すのは、大阪府内に住む80歳代の男性、Aさんだ。そして手にしていた携帯電話の画面を見せてくれた。画面には「○○千佐子」という名前と携帯電話の番号が表示されていた。

 まぎれもなく、京都府向日(むこう)市に住んでいた夫、筧(かけひ)勇夫さん(当時75)に対する殺人容疑で11月19日、逮捕された千佐子容疑者の番号だった。

 勇夫さんを含め4度の結婚歴がある千佐子容疑者の周囲では夫や、内縁関係にあった高齢の男性計6人が次々と不審死を遂げ、約8億円の遺産を相続したとされている。

 その千佐子容疑者の「毒牙」にかかる寸前だったのが、冒頭のAさんだ。

 15年ほど前に妻に先立たれたAさんが周囲に勧められ、結婚相談所に登録し、後妻を探し始めたのは、7年ほど前だ。だが、当時、すでに70歳代後半で見合い相手がなかなか見つからず、困っていたところに現れたのが、千佐子容疑者だ。Aさんは言う。

「千佐子は62歳くらいだった。年がひとまわり以上も違うのに大丈夫かなと思いながら、会いました」

 結婚相談所員が立ち会い、大阪市内のホテルで対面した。千佐子容疑者は、うすいピンク色のワンピースで、髪もばっちりセットして現れた。

「こぎれいで、話し上手。私が膝痛に悩んでいると言うと、いいストレッチの方法があるなどと即座に答えてくれる。とても頭の回転が速い女性だと思いました」

 ほどなく交際が始まり、大阪市内で2度目のデートをしたときのことだった。

 千佐子容疑者はこの時点で3度、結婚していた。しかしAさんには死別した初婚の夫だけとウソをつき、九州の名門高校から、都銀に勤めた元銀行員だと何度もアピール。こう尋ねたという。

「銀行にいたから、投資には詳しい。資産運用はどうしているんですか」

 Aさんが特に資産運用はしていないと答えると、千佐子容疑者は急に体を乗り出し、Aさんの資産状況を聞いてきたという。

 60歳過ぎまで会社を経営していたAさんの資産は、大阪府内に80坪の持ち家と預金、株券などで2億円は下らない上、年金も月に30万円以上あった。

 それを聞き出した千佐子容疑者はさらに身を乗り出し、胸元が大きくあいた服で、ちらちら見えるようにして、Aさんの耳元で「すべてを任せて」とささやいた。そして、手を握りしめ、「あなたのような素晴らしい人に会えて幸せ」と、しなだれかかったという。

「妻に先立たれ、長く女性と接点がなかったので、くらっときました」(Aさん)

 すっかり上機嫌で自宅に戻ったAさんの元には、千佐子容疑者から携帯メールが届いていた。

「会ったばかりなのに、Aさまの虜になりそう」

 有頂天になったAさんの目を覚まさせたのは、関東地方在住の息子夫婦だった。

 Aさんの話を聞き、息子夫婦は、「2回目で資産の話を聞いたりするのか」と疑問を持った。Aさんの遺産相続についてはすでに遺言状が作成済みだが、息子夫婦は心配になり、千佐子容疑者と距離を置いて付き合うべきと注意した。そして念のため結婚相談所にも電話を入れたという。

 Aさんが3回目の対面をしたとき、千佐子容疑者は浮かない顔をし、こう言ったという。

「あんた息子がおったん? 財産目当てかと息子が結婚相談所に電話してきたそうや。遺言状もあるんやって? 話が違うわ」

 そして千佐子容疑者は席を立ったという。Aさんはこう振り返る。

「息子がいなければ、千佐子の色仕掛けにはまって、大変なことになっていた」

(今西憲之/本誌・横山 健)

週刊朝日  2014年12月12日号より抜粋