「切迫早産」の状態で、早産を抑える薬が使われているが、その薬に重篤な副作用があることが指摘されている。商品名を「ウテメリン」というが、なぜ、その薬が妊婦に使われているのだろうか。

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 そもそも、妊娠は40週が満期で、妊娠22週以降37週未満の間に出産してしまうことを早産という。出産の高年齢化が進み、それに伴うようにして早産、いわゆる低体重児出産が増えている。1年間に生まれる赤ちゃんの人数は約100万人。そのうち、2500グラム未満の低体重児は約10万人で、およそ10人に1人になる。生まれる赤ちゃんの数が減る中にあって、低体重児の出生数はさまざまな要因により増加傾向にあるという状況だ。

 小さく生まれると、長期間、新生児集中治療室での治療が必要になり、また、小さく生まれた赤ちゃんほど、後で重篤な障害が出る可能性が高くなる。そのため、早産一歩手前の切迫早産の状態でも、なるべく妊娠を継続するために入院による安静が推奨されている。

 安静に加えて選択されることが多いのが、早産治療薬である子宮収縮抑制剤「塩酸リトドリン」だ。この薬は、28年前から国内で保険適用になっている。キッセイ薬品から発売されている「ウテメリン」のほか、ジェネリック薬(後発医薬品)も現在11社から出ている。内服薬と点滴薬があり、内服薬は、外来などで処方され、数時間ごとに飲む。点滴薬は、入院して長期間投与される。キッセイ薬品によると、年間推定5万人に投与され、産科で広く使われている薬という。

 名古屋大学名誉教授(産婦人科)の水谷栄彦医師は、こう説明する。

 
「塩酸リトドリンは、β2刺激薬という薬の一種で、本来は喘息の薬です。喘息では、収縮した気管支を拡張するためにβ2刺激薬を使用していますが、β2刺激薬の中で、その作用が比較的子宮だけに限られるという名目で厚労省が早産治療薬として認めたのが、塩酸リトドリンなのです」

 水谷医師は、今回のEUの措置を受けて、日本でも使用を中止すべきだと主張する。

「私自身は患者さんに塩酸リトドリンを使っていませんが、名古屋大学教授時代、私の教え子である産婦人科の医局員たちが塩酸リトドリンを使うのを黙認してきてしまいました。その反省も込めて、今からでも、この危険な薬の使用中止を呼びかけたいのです」

 EUでは、これまで承認されていたものが昨年取り消されたという状況だが、そもそも米国では承認されていない。米国では、塩酸リトドリンと同じβ2刺激薬「テルブタリン」で、胎児の心筋壊死(心臓の筋肉が死んでしまうこと)が報告されており、テルブタリンの早産への使用を最長72時間までに制限している。

 早産治療薬は、国によって承認されている薬が異なり、日本では塩酸リトドリンと硫酸マグネシウムの2種類のみ。この硫酸マグネシウムも塩酸リトドリンよりも強い心臓毒性などの副作用があることが知られている。

 ある大学の薬理学教授はこう話す。

「世界中で使われている薬理学の教科書には、子宮の収縮を抑制する方法として、6種類の薬があると書いてありますが、どれが優れているという順位づけは確立されていません。つまり、早産治療薬として、効果があって副作用も少ない薬と科学的根拠を示された薬はなく、各国でその選択や位置づけは異なっているようです」

 早産治療には、ベストな薬がないといえる。にもかかわらず、「ほかに選択肢がないから」「保険適用になっているから」という理由で、塩酸リトドリンは多くの産科で第一選択薬として使用されている。日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が作成している「産婦人科診療ガイドライン‐産科編」にも切迫早産の治療法として記載されている。

 日本早産予防研究会代表で日本医科大学多摩永山病院女性診療科・産科の中井章人医師は、塩酸リトドリンの位置づけについてこう話す。

「切迫早産に対する緊急処置としては有効なので、この薬がないと産科医は困ります。ただし、子宮収縮抑制薬であって、予防薬ではありません。最後の切り札という位置づけで、安易に投与するべきものではないでしょう。そのため、本来はおなかの張りの強い人に入院して点滴で投与するものであって、外来で予防的に内服薬を長期間処方するのは好ましくありません」

週刊朝日  2014年11月28日号より抜粋