黒田家第16代当主 官兵衛の孫が原因となったお家の一大事「黒田騒動」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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黒田家第16代当主 官兵衛の孫が原因となったお家の一大事「黒田騒動」

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 黒田家第16代当主の黒田長高(ながたか)氏は、関ヶ原の戦いで活躍した黒田官兵衛の孫が起こした騒動をこう語る。

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 わが家の先祖は黒田官兵衛。秀吉を天下人にした軍師です。官兵衛は秀吉から豊前(ぶぜん)の中津藩(現在の大分県中津市)12万石を、息子の長政は関ケ原の戦いでの大活躍で、家康から52万石の福岡藩を与えられました。

 今年は、官兵衛が主人公の大河ドラマ「軍師官兵衛」が放送されています。これまで映画やドラマで、官兵衛は謀略家で悪だくみばかりしているような人物として描かれてばかり。そりゃあ、子孫としては気持ちの良いものではありませんよ。その点、「軍師官兵衛」の岡田准一さんは、これまでの悪いイメージをだいぶ変えてくれたでしょう。

「軍師官兵衛」は、いよいよ大詰め、天下分け目の関ケ原の戦いになります。官兵衛は関ケ原に行かず、九州を制圧しようと兵を動かします。このことで、官兵衛は天下を狙っていたとも言われますが、私は少し疑問に思っています。もともとなるべく血を流さないようにしていた人ですからね。

 ただし、例外はあります。秀吉の命令で九州に入り宇留津(うるづ)城を攻め落としたとき、城に残っていた兵士以外の男女を残らず浜で磔(はりつけ)にしました。また、長政は豊前で抵抗する土豪の宇都宮鎮房(しげふさ)をだまし討ちで殺し、鎮房の娘・鶴姫まで磔にしたそうです。官兵衛父子らしからぬ残酷さですが、秀吉に抵抗勢力の鎮圧を求められていましたから、こうでもしないと黒田家が危うくなると考えてのことだと思います。「軍師官兵衛」では、ここの描写はかなりソフトでしたね。


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