“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、投資には数々のリスクがあることを頭に入れておくべきとこういう。

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 長年仕事をしていると想像できないようなリスクに遭遇することがある。私が外資系銀行の支店長だったとき、事務方のボスが部屋に飛び込んできた。

「支店長、期日が来た約束手形を手形交換所に持ち出せません。どうしましょう?」

 タイマー式で時間が来れば開くはずの金庫のドアが開かないというのだ。「どうしましょう?」なんて言われても、まさか扉を爆破するわけにもいかないし~と途方に暮れていたら、何とか時間ぎりぎりで開錠できたとの報告があり、ホッとしたものだ。マーケットで神経をすり減らしているのだから、そんなことで悩まされたくはない。

 かなり昔であるが、ある大手邦銀が為替の決済で40億円の損を出したときは、業界でかなり話題になった。

 その邦銀は某外銀相手に円売り・ドル買いの取引を行った。売った円は、外銀の日本にある円口座に振り込んだ。そして買ったドルは、その邦銀のNYにあるドル口座に振り込まれるはずだった。それらは同時に行われるわけではない。円の振り込みがなされる日本の朝は、NYでは前日の夜だからだ。

 NYの夜が明けて銀行が開き、ドルは入金される。その数時間の間に相手行が営業停止になり、その邦銀は、円は払ったが、ドルはもらいそこなったのだ。その支払った円が40億円だった。これを決済リスクという。

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 9月2日、2012年に経営破綻した丸大証券の旧経営陣が、分別管理違反の疑いで逮捕された。

 顧客からの預かり資産は、会社の資産と分別して管理するように求めている。経営破綻した場合、顧客に預かり資産を返すためだ。

 それに反し、預かり資産を会社の資金繰りに流用してしまった場合は分別管理違反となる。会社が経営危機に陥ると、一時しのぎに顧客の資金に手を付けたくなる経営者がいるのだろう。

 この分別管理違反リスクは個人が金融取引を行う際に頭に入れておきたいリスクの一つだ。企業が分別管理違反を行うと、倒産した後、経営者を牢屋に送り込むことはできても、預けた資産は戻ってこない可能性が高い。ない袖は振れないからだ。やはり金融取引は信用ある相手とするのが望ましい。経済が混乱しているときは特にそうだろう。

 日本にインフレが来るだろうと私が述べると、すぐに金(きん)を考える人がいるが、分散投資の一つとして考えるべきで、金(きん)といえどもオールマイティーではない。リスクもある。

 現物を保有するには泥棒が怖いし、預かり証書の場合は、今回述べてきた分別管理違反リスクがある。分別管理違反をしそうもない業者と取引をすべきだ。

 また円での金(きん)価格は、国際価格と為替の二つの要因で決まる。ドルが対円で100円から200円と2倍に強くなっても、国際価格が半分になればチャラだ。01年4月に1トロイオンス=約250ドルだった国際価格は11年9月に約1900ドルに上昇し、バブル懸念が出ていま、約1200ドルまで下がった。国際価格は世界全体のインフレ予想で決まる。日本一国のインフレ予想で決まるのではない。そこに難しさがある。

週刊朝日  2014年10月17日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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