島田洋七「介護できるだけ幸せ」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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島田洋七「介護できるだけ幸せ」

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 義母の介護の日々をつづった「介護は笑ってなんぼ」の連載を終えた島田洋七さんが、同じく本誌で介護漫画『ペコロスの母に会いに行く』を連載する岡野雄一さんと初顔合わせ。なんと偶然にも同い年で、同じ九州出身のお二人。がばい(すごい)話は尽きないようで……。

*  *  *
――お二人と同世代の人で、これから親の介護をする人も増えてくると思うんです。そういう人に何かアドバイスはありますか?

洋七:アドバイスはないよ。介護のことは、深く考えないほうがいいと思うね。たとえば、人間いつかは死ぬわけやんか。だからといって、普段からずっと「死んだらどうしよう」と考えても仕方がないやろ。それと同じで、「介護が必要になったらどうしよう」と考えても仕方がないと思うね。

岡野:そうですね。気楽でいいんだと思います。

洋七:それしかないもん。人生に理想型がないように、理想の介護もないわけやから。介護が必要な人は人口の何%とかだと「何でうちの親が」となるかもしれんけど、こんだけ介護が必要な人はおるわけやからね。そこは深刻に考えても仕方がないよ。暗い気持ちで介護するよりは、明るいほうがええやん。それに、地球上に70億人もおる中で、親を介護できるというだけでもどれだけ幸せか。

岡野:そうですね。介護をしている人で、真面目に向き合いすぎちゃって、介護疲れで倒れてしまう人がけっこう多いんですよ。そういう人たちに僕の漫画を読んでもらって、「こういう緩い感じでもいいんだ」と思ってもらえればと思ってるんですけど、洋七さんの話を聞いてると、もっと積極的に明るいですね(笑)。

洋七:明るいよ。俺はもう、介護をするために施設に出かけてたというよりか、オカンを笑わせに行ってたようなもんやから。

岡野:漫才師という仕事が、介護に丸ごと生かされてる感じがしますね。僕の場合、常に漫画のネタを探していて、そういう感覚で母と接していたのが良かったかもしれないです。

洋七:俺も何歳まで生きるのかわからんけど、じいさんの役をやってみたいよね。話しかけられても「はあ?」とか言って耳が遠くなったフリをしてみたい。

岡野;じいさんの役というのは、実生活でということですね?

洋七:そうそう。年取っても、楽しみ方はいっぱいあると思うよ。「じいさん、本当は聞こえてるんちゃう?」とかって言われてたらおもしろいやん。

――岡野さんの場合、お母さんのことを描こうと思ったきっかけは何だったんですか?

岡野:僕が作っていたタウン誌に、その月にあった出来事をコミックエッセーとして描いてたんです。あるとき、そこに母のことを描いたら、それを読んだ飲み屋のママさんが泣き始めたことがあったんですね。そうして「わかる、わかる」という反応が返ってくるようになって。でも、そのときも「介護」という意識はなかったんですよね。

洋七:そう考えると、あんまり介護、介護と思わんほうがいいのかもね。それに、実際に介護されてなくても、70過ぎたら介護されてるようなもんやから。

岡野:それは近いですね。自分で自分を介護する。

洋七:それに、シルバーパスとか言うて無料になったりもするし、周りも異常に優しくなるからね。

岡野:うちの息子は、最近僕に優しくなってきてます(笑)。でも、もちろん介護をする上で大変なこともありましたけど、介護をして気づかされることもあるんです。うちの母は、三歩下がって父の後ろを歩くような人だったんです。それが、認知症が始まると、赤ちゃんみたいにニコーッと笑うようになったんです。そんな母を見るのは初めてだったんですよ。

洋七:うちのオカンは、ずっと寝たきりだったせいで、足が壊死してきたのよ。足を切断する必要があると医者に言われて、「どうする?」ってオカンに聞いたら「切って」と即答したもんね。そういう姿を見ていると、昔の人は強いと思ったね。

岡野:そうですね。うちの父は気の弱い人間で、今だったら病院に入れられてるんじゃないかと思うんですけど、幻聴と幻覚に悩まされて、それを家の中で発散していたんですよ。それで母がたたかれるのをよく見ていたから、母は被害者だという意識しかなかったんですよ。でも、認知症になってから、時々母が漏らすのは、「父ちゃんは弱かった」ということなんですね。「弱い人やったけど、よか人やった」と。僕はたたかれる姿を見て、母のほうが弱いと思っていたけれど、母のほうが強かったんだ、と。母はきっと、父が弱い人だということをわかっていたから、たたかせてあげてた側面もあったんじゃないかと思ったんです。母の強さというのは、認知症になってから思い当たりました。母はもう、亡くなってしまったんですけど、それまで知らなかった側面を知れたという意味でも、介護をできてよかったと思っています。

週刊朝日  2014年10月3日号より抜粋


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