この数年で「大人の発達障害」への注目が高まっている。自閉症スペクトラム障害(ASD)の一タイプであり、「知的障害や言語障害を伴わない自閉症」と定義されるアスペルガー症候群などだ。

専門外来がある昭和大学附属烏山病院(東京都世田谷区)では月に1回、翌月の診療分の電話予約を受け付けるが、わずか2時間で埋まってしまう。病院長の加藤進昌さんが話す。

「ASDで知的障害がない場合、子ども時代は『少し変わった子』と受け止められ、周囲も本人も障害に気づかずに成人するケースが少なくない。学校教育では何とかなっても、社会に出ると会社での人間関係がうまくいかず、仕事が続かないといった困りごとが起こる。報道を見聞きして『もしかしたら家族がそうかも』と診断を求める人が増え、結果ASDの患者数が増加し、ますます注目されています」

 大人の場合、成育環境や経験によって障害の表れ方が違う。また、ほかの発達障害の症状を併せ持つケースも少なくなく、障害のない人たちには理解し難い。最も困惑するのが家族かもしれないが、直面する問題にはまだ目が届いていない。

 いまASDの人のパートナーが抱える状況や心身の不調を指す「カサンドラ症候群」という言葉がインターネット上などを中心に広まっている。加藤院長は「医学的に認められた疾患ではなく、ASDの人のパートナーだからとひとくくりにするのは疑問」とした上で、「その特性による言動に困惑し、うつ的な症状を呈する家族がいるのは事実」と指摘する。実際ASDは男性が女性の4~5倍とされ、妻が悩むケースが多いのだ。

 都内在住の主婦ケイコさん(仮名・46歳)もその一人。20代のころに勤めたソフトウエア会社で出会った夫は、海外の大学出身で2歳年下の後輩だった。

「プログラマーとしてずば抜けた才能を持ち、周囲の目や評価を一切気にせず、自分がいいと思えば押し通す。それまでに出会ったことのない人でした」

 
 結婚して数年後、夫から「僕はアスペルガー症候群かも」と告白されたが、初めて聞く単語でピンとこなかった。その後、長女の立ち会い出産で違和感を抱く。陣痛でのたうつケイコさんに見向きもせず、胎児の心電図などを映し出す機械に張り付き、その数字を逐一妻に告げ続けたのだ。

「夫にとって、物事を理解し判断する一番の基準は『数字』だったんです」

 相手を慮らず、思ったままを口にする夫の言葉に傷つき、何度も“離婚”が頭をよぎった。だが、夫はケイコさんに「離婚するなら、これまで君に使った生活費などを全額請求するから」と言った。

「私も子どもも自分の『所有物』で、大切なパソコンやお気に入りのバッグと一緒。大事だからお金をかけるけど、手放すときはコストを回収する。夫の中での論理はある意味、一貫しているけれど、私や子どもに『気持ち』があるとわからない」

 夫には悪気がなく、夫なりに人の「感情」を「理屈」として理解しようと努めているとも感じる。だから、自分が腹が立ったり傷ついたりしてもあきらめざるを得ない。今、起業した夫はほとんどの時間を自宅の仕事部屋で過ごし、朝晩の食事でしか顔を合わせない。会話のコミュニケーションが苦手な夫とのやりとりはメールで、同じ家の中にいても一定の距離を置き、前よりつらくなくなった。一方、40代半ばを過ぎた今、夫から解放されたい気持ちも強まっている。

「例えば私が病気になったら、『所有物』である私の行く末は夫がすべてを決めてしまうでしょう。自分の人生を自分で判断できないのは悲しい。でも、離婚や別居は難しいと思う」

週刊朝日  2014年8月29日号より抜粋