幕末にハリスと交渉した堀田家が握る将軍家の秘密とは

週刊朝日#歴史
 佐倉藩藩主として栄えた堀田家。その13代当主堀田正典(まさのり)氏が先祖の秘話を明かした。

*  *  *
 堀田家と聞いてピンとこなくても、幕末に米国総領事ハリスと交渉した老中の堀田正睦(まさよし)なら知っている人も多いのではないでしょうか。私は正睦の孫の孫になります。

 祖先の堀田正吉は、関ケ原の戦いのあとに徳川家康に仕えた武将でした。正吉の長男・正盛は、春日局の義理の孫になります。その縁で、春日局が乳母をつとめた家光のそばに仕えました。将軍になった家光に取り立てられて老中になり、今の千葉県にあった佐倉藩11万石の大名になったのは破格の扱いです。もちろん恩義を感じていたようで、家光が亡くなったときには殉死しています。

 そのあとを継いだ長男の正信は、事件を起こして領地没収となります。幕府への断りなしに佐倉に帰ってしまったのです。無断で領地へ帰れば謀反と思われてもしかたのないことでした。正信はすべてを失いましたが、子どもの代で琵琶湖近くの近江宮川藩1万石の大名として復帰します。ここが堀田家の本家になります。

 私の家は堀田家の分家ですが、正睦のような有名人が出たこともあり、知名度は本家よりもあるようです。うちの初代は、正信の弟・正俊です。春日局の養子となり、大奥で育てられました。父親の正盛と同じように春日局の縁をきっかけに、幕府役人の出世街道を順調にすすみます。老中のときには4代将軍・家綱が亡くなり、ただひとり綱吉を5代将軍に推しました。結果、綱吉は将軍になり、正俊は幕府のトップ、大老にまでのぼりつめたのです。

続きを読む

TwitterでAERA dot.をフォロー

@dot_asahi_pubさんをフォロー

FacebookでAERA dot.の記事をチェック