お城の中にある学校? 今も続く佐賀の名門「藩校」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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お城の中にある学校? 今も続く佐賀の名門「藩校」

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週刊朝日
井伊の赤備えよろしく応援席は真っ赤に染まったという (c)朝日新聞社 

井伊の赤備えよろしく応援席は真っ赤に染まったという (c)朝日新聞社 

47都道府県の名門高校

八幡和郎著/CDI著

978-4582854121

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 明治維新をなしとげ、日本が一躍国力を高めた背景には、江戸時代の「藩校」の教育レベルの高さがあったといわれる。その伝統を受け継ぐ“名門高校”が、いまも全国各地にある。著名なOB・OGを輩出し、進学実績を誇るなど、今もときめく、名門校の姿を追った。

 幕末のころ、全国最高の藩校とうたわれていたのが佐賀藩の弘道館。この藩校を源流にもつのは佐賀西(佐賀)だ。

「明治維新の立役者の一人・岩倉具視(いわくらともみ)がわざわざ京都から佐賀の弘道館まで息子たちを送り込んで教育を受けさせたほどです。佐賀藩士の活躍なしには、明治政府は立ちゆかなかったといっても過言ではありません」(『47都道府県の名門高校』の著書がある評論家の八幡和郎氏)

 早稲田大を創設した大隈重信も弘道館で学んだ佐賀藩士の一人だ。

 今年の進学実績は、東大4人、九州大40人、佐賀大46人と、地元ではナンバーワンの実績を誇る。同校OBで現在、サガテレビのアナウンサー、鶴丸英樹さん(44)はこう話す。

「高校の住所は『佐賀市城内』で、お城のほとりに立っていました。野球部のユニホームには、学校名が『佐賀西』なのに『EIJO』とあるんです。佐賀城の通称『栄城』の意味です。高校時代はとくに藩校だったという意識はなく、社会人になってからのほうが伝統校のありがたさを感じます。多方面で活躍される卒業生が多く、取材先の方が佐賀西だとわかると、話しやすい部分はありますね」

 OBには、作家の下村湖人、民主党衆議院議員の原口一博氏、俳優の村井国夫氏、イラストレーターの針すなお氏などがいる。

 名門校のお手本といえる文武両道の高校がある。今年は京大に12人、大阪大に9人などの合格者を出し、昨年夏には高校野球で夏の甲子園初出場も果たした彦根東(滋賀)だ。

 源流は桜田門外の変で暗殺された井伊直弼(なおすけ)の彦根藩が設立した稽古館(のちに弘道館に改称)。現在も校舎は国宝・彦根城の外堀の内側にある。

 卒業生には、トヨタ自動車“中興の祖”といわれる石田退三や、パナソニック元会長の中村邦夫氏、民主党前幹事長の細野豪志氏らがいる。同校OBでジャーナリストの田原総一朗氏(79)はこう語る。

「僕らのころは学区制もなかったので、虎姫や近江八幡など遠方から通う生徒も珍しくありませんでした。僕は高校1年まで野球部にいたので、昨年、夏の甲子園に初出場したのは非常にうれしかった。彦板東の応援歌には『歴史は遠く三百年』とある。まさに井伊家の歴史です」

週刊朝日  2014年4月11日号


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