〈ヒトラーやナチスのプラスになり得る点を紹介していきます〉(前書きから)

 昨年末に出版された『眠れなくなるほど面白いヒトラーの真実』(日本文芸社)。この本をめぐり、ちょっとした騒動が勃発(ぼっぱつ)している。

 同書はヒトラーの行為を擁護、肯定することはできないとしつつも、減税で景気を刺激して税収を増加させた経済政策などをたたえ、世界初のリニアモーターカー開発などを指示したと高く評価している。

 ドイツ日本研究所のトルステン・ヴェーバー専任研究員は、同書の問題点をこう指摘する。

「一番の問題は、ヒトラーが犯した行為や危険思想を具体的に書いていないことです。ヒトラーの少子化対策などを“先見の明”のように書いていますが、これらの目的が戦争の準備だったのは明白です」

 ユダヤ人虐殺も、ドイツから「追放」したいという考えがエスカレートした結果、なかば事故的に起きたかのように書かれているが、大きな誤りだという。

「追放でなく『絶滅』であり、会議で冷静に練った『計画』でした。同書は間接的に『ホロコースト(大虐殺)』の事実も否定しています」(同)

 同研究所は日本文芸社に、1月21日付の書面で販売中止を要請。同社は23日、自主回収を決めた。

 これだけではない。同書を販売していた大手コンビニチェーン「ローソン」も対応に追われた。

「ドイツ大使館とイスラエル大使館から連絡がありました。出版社の要請を受けて、全国の約8千店舗に納品した同書の撤去を決めたことを、両大使館に説明しました」(同社広報)

 ナチスをめぐっては、95年1月に月刊誌「マルコポーロ」(文藝春秋)が、ホロコーストの事実を否定する記事を掲載。米国のユダヤ人団体などから猛抗議されて廃刊へ追い込まれた。昨年7月末には麻生太郎副総理が憲法改正について、「ナチスの手口に学んだらどうか」と失言し、各国から非難されたばかりだ。

 慶応大学の羽田功教授(ユダヤ人問題研究)は、次のように警鐘を鳴らす。

「ドイツやイスラエルの反応を過剰ととらえるべきではありません。近年の日本は強い指導者を求める傾向にありますが、国家主義・軍国主義のヒトラーを“リーダーシップ論”で語るのは非常に危険であり、憂慮すべきことです」

 ヒトラーが残した禍根は、今も消えていないのだ。

週刊朝日 2014年2月7日号