心理学者の小倉千加子氏は、現代の日本女性と仕事の関係をこう解析する。

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 国家の方針が、一部の人の偏ったイデオロギーによって簡単に決まることほど恐ろしいことはない。

 その一部の人が「アンチ・ビジネス派」なのではないかと危惧するのが、私の思い込みに過ぎないのなら幸いである。「アンチ・ビジネス派」とは、利潤追求を第一義に考える人を徹底的に敵対視する人のことである。

 資本主義の国である日本の中心が、実は「アンチ・ビジネス派」によって占められているとすれば、資本主義的なシステムがうまく作動する筈もない。

 それが事実かどうかを確かめるために、私は自分が現場で知っている事実をもとにして推測するしか方法はない。そして、私が知っている現場とは保育現場のことである。

「アンチ・ビジネス派」は、ひょっとしてこう考えているのでは、と思わざるを得ないのは、日本で現在働く女性(=アンチ・ビジネス派にとっては自身もそこに含まれる「労働者」のこと)が、子どもを預ける保育所が足りないのは、絶対的に間違ったことなのである。現に、小さな子どもを抱えた母親が、「保育所がないから、自分は仕事に行けない!」と、デモをして行政を告発している。

「アンチ・ビジネス派」にとって最も救済しなければならない対象は、もともと仕事を持ち、子どもを産んでみると、子どもの預け先がないために、仕事に戻れない女性である。

 しかし現実には、デモをするという行政への告発的アクセスもせずに生きている多くの女性がいる。子どもがいても産前から無職で、しかし「無職女性」と自称することもしない専業主婦の女性である。

 
 そういう女性たちは、子どもを預けて働きたくても、働く場がないので、仕方なく専業主婦のままでいることも多い。その場合、パートの求職活動をするのに「子どもを預かってくれる保育所がない!」とデモをすることもない。

 彼女たちの多くは、子どもが産まれる前から仕事を持っていなかった。日本では、学校を出て正社員になり、「結婚しても子どもができても仕事を継続するのが当然」と思う女性の数はまだまだ少ないのである。自立している女性というのは24歳になるまでに300万円以上の収入を得ている女性のことで、彼女たちはそれを失おうとは思わない。

 地方の高校や専門学校を出て、20代前半に300万円を得る仕事に就いている人は少ない。就職する時に、「一生続けられる仕事に就きたい」と思うよりは「自分の条件にあった仕事があれば就職したい」という堅実的でない夢を「女性らしく」持っている(この夢は、状況的には至極必然的なものなのである)。

 しかし、気がつけば「専業主婦」になっていた。

「専業主婦」になってから「一生続けられる仕事に就きたい」と思っても、条件は未婚の時よりも一層厳しくなっていて、それをデモで告発しようという選択肢すら思い浮かばない。

 分岐点は、学校を卒業した時に「5年以内に300万円の収入が保証される仕事に就こう」という決断をするか否かなのである。

 多くは資格を使おうとはせずイメージで仕事を選ぶために、20代後半を非正規身分で生きなければならない。日本の平均初婚年齢は女性でも30歳に近づいているから、長ければ10年から12年もの間、女性は一人で不安に生きていかねばならない。たとえ「専業主婦」になったとしても、無職だから子どもを幼稚園に入れるしかない。

 専業主婦の方が弱者であるという視点は「アンチ・ビジネス派」には見られない。

週刊朝日  2013年12月27日号