今年8月、認知症の親を持つ子どもにとって、不安と危惧を抱かせる一つの判決があった。

 2007年、愛知県の91歳の男性が列車にひかれて亡くなった。男性は以前から認知症を患っており、当時85歳の妻が介護していた。神奈川に住む長男の妻も、介護のため近所に引っ越してきていた。だが、二人がふと目を離したすきに男性は家を出て、徘徊、線路に入ってしまったのだ。

 裁判所は、注意義務を怠ったとして、妻と長男に約720万円を鉄道会社に支払うように命じたのだ。

 いまや300万人を超える認知症の高齢者。20年には、410万人に達するといわれる(厚生労働省2012年調査)。介護ジャーナリストの小山朝子さんは、認知症の介護の大変さをこう語る。

「ほかの介護に比べ認知症介護が大変なのは、脳の働きに異常が生じても体は元気という状態がありえることです。私は、自分では動けない祖母を介護しました。医療処置も必要で、定期的にたんの吸引や排泄介助をしなければならず大変でしたが、多少は目を離せます。ですが、体が元気な認知症患者は、徘徊などの問題行動をとってしまいます。家族や介護者はつねに注意を払っていなければいけないのがつらいところです」

 こうした認知症患者が、「期せずして“加害者”になるケースは、ありえる」と語るのは、『よくわかる認知症の教科書』(朝日新書)などの著作があり、認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長の長谷川和夫医師だ。

「認知症とひと口にいってもいろいろあります。そのなかで警察沙汰になってしまいやすいのが前頭側頭型認知症(ピック病)です。脳の前頭葉や側頭葉に萎縮が起こる病気です。周囲を無視して本能のおもむくままの行動をとってしまうという症状があります。具体例としては、店の商品をおなかがすいたからといって食べてしまう、進みたければ赤信号でも平気で渡ってしまう、などの社会性を欠いた行動です」(長谷川医師)

週刊朝日  2013年11月29日号