早稲田大学国際教養学部教授の池田清彦氏が、ポジティブ・アクションを推進する内閣府に「つまらぬ」と苦言を呈す。

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 勤務する大学に「男女共同参画推進室」という組織があって、アンケートのお願いの書類が届き、中にポジティブ・アクションについてどう思うかとの項目があった。ポジティブ・アクションとは単純に言えば、採用や登用に際し、女の人にゲタを履かせようということらしい。内閣府が推進を奨励しているとのこと。つくづくつまらぬことを推進すると思う。太陽光発電に補助金を出すのと同じ発想で、こういうことをやっているうちは男女平等にはならないのだ。むしろ、たまたま運良くポジティブ・アクションで社会的に上位の地位を手に入れた女性と、同じ位の能力がありながら運悪く選に漏れた女性の格差が拡がることを助長する制度になりかねない。

 男女差別は心の問題であって、男性ばかりでなく女性にも存在する。差別を解消するのは、何げない日々のふるまいであって、制度は形式的な平等を担保する以外のことはできないからだ。採用に際してのポジティブ・アクションとか、女性専用車とかは、形式的な男女平等に背反し、長い目で見ると男女差別を固定する機能をもつことになる。

 私の知り合いに専業主夫をしている人がいる。子どもができた時、自分と妻の年収を比較して、自分が専業主夫になるのが経済的に最も得だと判断して、夫妻で合意して決めたとのこと。こういう考えが当たり前にならない限り、男女平等は絵に描いたでしかない。

 2010年のユーキャンとアイシェアの共同調査では「専業主婦に絶対なりたい、あるいは、余裕があればなりたい」と答えた女性は20代で59%、30代で53%もいたという。これでは、いくら内閣府が旗を振っても男女共同参画は無理であろう。

 男女間に性的な非対称性があることも問題をややこしくしている。勤務する大学では、これもどういう理由かは知らないが、女性トイレの入り口に、巡回強化中というステッカーが貼ってある。確かに女性トイレを覗く男性は稀にはいるだろうが、男性トイレを覗く女性がいないという絶対的な根拠はないのだから、貼るのなら両方に貼るべきだろう。

 屋久島に平内海中温泉という混浴の露天風呂がある。海岸の岩場の波打ち際にあって、男女とも下着・水着着用禁止である。360度丸見えで服は周囲の岩の上で脱ぐ。時に勇敢な若い女性がいて、裸で入ってくる。紳士的な男たちは内心はともかく、湯船に浸るまでは見て見ぬふりをしている。こういう光景が当たり前になれば、男女平等も画餅でなくなるかもしれない。

週刊朝日 2013年9月6日号