今春、政府の規制改革会議でルール整備が提案された「限定正社員」制度。作家の室井佑月氏は、疑問を投げかける。

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 最近、耳慣れない言葉を聞いた。「限定正社員」だ。「限定正社員」とは、「勤務地や仕事内容、労働時間が限定された形で働く正社員」のことだという。

 政府の規制改革会議が、その「限定正社員」の制度化について話し合っているようだ。 毎日新聞によれば、雇用のルールについて2013年度中に検討を開始し、2014年度に結論を出したいみたい。非正規社員の正社員化を促すのが狙いだという。

 でも、新聞にはこうも書かれてあったぞ。「(限定正社員のルールとして)一方で、工場や店舗閉鎖などの際、限定正社員を通常の正社員より解雇しやすいことも明確にするよう求めた」。ん? ってことは、「限定正社員」はその会社で、仕事がなくなったら、それで終わりってこと? それじゃ、あたしたちが考える正社員じゃ、ぜんぜんない。

 非正規社員の生活は安定しない。たとえば、労働者派遣制度の現行ルールでは、派遣労働者の受け入れ期間を最長3年に制限しているからね。だから、みんな正社員になりたいのだ。いちばん大切なのはそこ。正社員とはいっても仕事がなくなったらそれでおしまいの「限定正社員」では、生活は安定しそうもない。なら、「限定正社員」という身分を作ることにどんな意味があるというんだ。政府が頑張り、非正規社員が少なくなって、正社員が増えた! そんな数字を出したいからか。

 なんかあたしは、2005年にできた「障害者自立支援法」(現・障害者総合支援法)を思い出した。名前だけ聞けば、障害者を助け、健常者と同じように暮らしていける優しい社会を目指すのかと思う。しかし、違った。多くの障害者の福祉サービスに対する自己負担金が上がっただけ。

 この国を動かしている人たちの中には、天才的なコピーライターがいるようだ。「限定正社員」や「障害者自立支援法」といった名前だけ聞けば、我々国民にとって、良いことのような気がしてしまう。

 けど、耳障りの良い言葉には注意しなきゃ。我々の不安や不満や怒りの根本を、どうにかするつもりがないから、わざわざ誤摩化(ごまか)すために耳障りの良い言葉を持ってくるんだもん。

「限定正社員」が決定したとして、きっと世の中ではこういう会話がなされる。「この間、合コンで会ったあの人、××企業に勤めてるっていっていたのに、限定だったのよ!」「正社員にはなれなかったから、とりあえず限定で食べてるんだ」というような。でもって職場では、限定とそうじゃない者の格差問題が起こり……。

 だとしたら、今となにも変わらない。新たに「限定正社員」を作ったところで、今の非正規雇用の問題が解決されるわけじゃない。

週刊朝日 2013年6月21日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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