「遺書」は改ざん もんじゅ事故調査中に起きた不可解な死 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「遺書」は改ざん もんじゅ事故調査中に起きた不可解な死

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週刊朝日#原発

 1995年12月、高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故を受け、旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団=現・日本原子力研究開発機構)の総務部次長だった西村成生(しげお)氏は内部調査チーム員として活動していた。しかし、氏は突然、ホテルで不可解な死を遂げる。ジャーナリストの今西憲之氏と週刊朝日取材班が関係者に話を聞いた。

 西村氏の「死」に、妻のトシ子さんが不審を抱くようになったきっかけは、その後の動燃側の対応の“異様さ”だった。

 死亡当日の96年1月13日午後、当時の動燃理事長、大石博氏(08年に死去)が会見で遺書を読み上げた。ところが、その内容が「改ざん」されていたのだ。

〈私の勘異(違)いから理事長や役職員に多大の迷惑、むしろ「本当のウソ」といった体質論に反展(発展)させかねない事態を引き起こす恐れを生じさせてしまった〉(オリジナル)

〈私の対応のまずさから、深刻な事態を引き起こす恐れを生じさせてしまった〉(理事長読み上げ)

「本当のウソ」「体質論」などが削除されるなど、10カ所以上が改ざんされていた。ビデオだけでなく、遺書までもが「工作」に利用されていたのである。

 さらに、自殺前後の状況にも不自然な点があった。西村氏は13日未明、ホテルの部屋で動燃本社から5枚のファクスを受け取った直後、3通の遺書を書いて自殺したとされている。ところが、そのファクスの現物がどこにもなく、いまだ行方不明なのだ。トシ子さんの訴訟の代理人となった海渡雄一弁護士がこう語る。

「ファクスには、西村氏が何か重要なメッセージを書き残していたか、動燃職員が西村氏にあてて何かを書き込んでいた可能性があります。西村氏を自殺へ追い詰めた叱責の言葉だったかもしれない。そんな重要な証拠が出てこないのは、あまりにも奇妙です」

 西村氏の死から17年。動燃を相手取った民事訴訟が終結した今も、トシ子さんは「疑惑」を消し去ることができないでいる。

週刊朝日 2013年4月19日号


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