歴史と町が支える京大の「自由さ」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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歴史と町が支える京大の「自由さ」

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 2012年度の大学入試シーズンもほぼ終了した。それぞれの大学に特徴や魅力があるが、日本のトップ校ながら“自由”と言われる京大の魅力とは。京都大学総長・松本紘氏が伝える。

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 日本の大学は、私塾の慶応などが一番古いと思われがちですが、奈良や京都には千年もの昔から「大学寮」というものがあり、大学長や教授もいて、学生(がくしょう)が学問をしておりました。

 そんな長い伝統があるためか、京都では町の人たちが学問を志す人たちに、ある種の尊敬の念を抱いてくれています。ぼくが京大で学んでいたのは昭和30年代後半ですが、当時から学生には本当に寛容でしたね。飲み屋でお金が足りないときも、「学生はんやからね、いつか払ってもらったらええわ」と言われたりして。

 学内の空気も、東大に比べてずいぶん懐が深いように思います。学生時代、先生にいきなり「読んできたまえ」と分厚い論文をぽんと渡され、先生の前で鋭い質問にさらされながら御前講義をさせられたことがあります。

 ヒヤヒヤしていると、最後に「よくできました」とほほ笑んで、センセイが先斗町に連れていってくれたんですよ。祇園へもよく連れていってくれましたね。

「教科書にはうそでも本当でもないことが書いてある。ある論文が何年か後には真実じゃなくなるかもしれない。すべてうのみにしちゃいかん」とよく戒められました。自分が持っている知識や体験を常にリセットして新たに頭に入れることを心がけよと。

週刊朝日 2013年3月29日号


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