認知症の中でも行動や心理に表れる症状を「周辺症状」と呼び、最近では「認知症に伴う行動異常・精神症状」を意味する「BPSD」という言葉が使われる。BPSDにはさまざまな症状がある。どんな症状が出るかは、認知症のタイプや進行度、患者の置かれている環境、人間関係、介護のされ方などによっても大きく異なる。

 愛知県に住む石井八重子さん(仮名・78歳)は、中等度のアルツハイマー型認知症。半年ほど前から夕方になるとそわそわし、家のなかを徘徊するようになった、同居する息子の妻・陽子さんが介護していたが、転倒しないよう八重子さんにつきっきりになるため、夕食の準備や家事ができない日が続いた。悩んだ陽子さんは八重子さんを連れ、国立長寿医療研究センターを受診した。八重子さんを診察した、もの忘れセンター老年内科医長の三浦久幸医師は言う。

「夕方になると、不安になって徘徊したり、自宅にいるのに『家に帰る』と言って外に出ようとしたりすることがあります」

 この症状は「夕暮れ症候群」と呼ばれる。まわりが暗くなることで、自分の居場所や状況が理解できなくなる症状(見当識障害)が悪化することや、一日のうちの活動と休息の周期がわからなくなることなどが原因といわれる。

 三浦医師は、症状を早く和らげるため、八重子さんに漢方薬である「抑肝散(よくかんさん)」を処方した。

 抑肝散は、BPSDの治療薬として近年注目されている。子どもの夜泣きや疳(かん)の薬として古くから使われていたが、認知症患者のいらいらや不安感、興奮などに一定の効果があることがわかってきたからだ。

「抑肝散は体への負担が少ないため、近年広く使われるようになりました。今回は陽子さんの疲弊がひどく、すぐに症状を緩和させる必要があると考えて処方しました」(三浦医師)

週刊朝日 2013年3月15日号