ルール変更の「標的」になった荻原健司さん (c)朝日新聞社 @@写禁
ルール変更の「標的」になった荻原健司さん (c)朝日新聞社 @@写禁

 日本の「お家芸」がフォール負け寸前の窮地にある。東京都が招致に名乗りをあげている2020年夏季五輪の実施競技から、レスリングが外れる公算が大きくなったのだ。思えば日本は、これまで何度もスポーツの世界で痛い目にあってきた。

 最たるものがノルディックスキー複合団体。荻原健司らが1992年のアルベールビル、94年のリレハンメル両冬季五輪で連覇を果たすと、前半のジャンプで勝負を決める日本チームに不利なルール変更が相次いだ。ノルディックは北欧を中心に伝統のある競技。国際スキー連盟は容赦なかった。そして次の98年長野大会からずっと、日本はメダルから遠ざかっている。

 88年ソウル夏季五輪の競泳で、鈴木大地が代名詞にもなったバサロキックで男子100メートル背泳ぎを制すと、すぐに潜水の距離が制限されたこともある。『スポーツルールはなぜ不公平か』(新潮選書)の著者である生島淳さんが語る。

「日本の柔道界が猛反対しながら防げなかったカラー柔道着の導入でも同じことが言えるのですが、日本にとって受け入れがたい条件を出されたときに、ただ反対するだけでなく、英語で相手を論理的に説得する力が必要なんです。それと根回しですね。それができる人材を育てていかないと。ただ、競技実績を優先する日本の現状では、そこまで手が回らない」

週刊朝日 2013年3月1日号