皇族数の減少を食い止めようと、野田政権は10月、皇室典範の見直しに向けた論点整理を発表した。男性皇族が減る中で、天皇家に求められる役割とは何か。そのために必要な改革とは。秋深まる京都で、宗教学者の山折哲雄氏と朝日新聞の元皇室担当編集委員の岩井克己氏が語り合った。

山折:これからの天皇制を考える上で、大きな問題は二つあります。一つは戦後民主主義と天皇制の関係を、この先どう考えるのか。戦後間もないころは、両者は矛盾・対立するものだと考えられていたが、60年を経て調和する関係になってきた。ところが、そうなってくると今度は、皇室の宮中祭祀を含む「象徴家族」の側面と、民主主義的な「近代家族」の側面とが矛盾し始めた。これをどうやって調和させるのか。これが、もう一つの問題点です。

岩井:象徴家族と近代家族の矛盾というのはおっしゃるとおりです。ただ、憲法上の象徴天皇というのは、国家機関として国事行為を、また公的存在として公務を果たす役割です。一方で天皇家には、憲法には書かれていない伝統保持を期待される側面もある。ここの評価に踏み込むと、戦前のような神道原理主義は二度と復活させてはならないという人と、それこそが天皇の本質であり伝統だという人とが対立してイデオロギー闘争になってしまう。本当は、天皇家は歴史的には神道一辺倒ではなく、仏教や儒教、道教などの要素ものみ込んできた、おおらかで懐が深い、ソフトな存在なんですけどね。

山折:神道も本来は、天地万物に神が宿るという多神教的な世界です。それを一神教化したのは明治政府。西欧のキリスト教近代国家のように、精神的な機軸をつくらなければならない、伝統的な神道や仏教ではダメだと考えた末に創り出されたのが、万世一系の天皇を中心に神道を一神教化する試みだったと思います。

岩井:それで昭和の無謀な戦争で亡国の淵まで行った。戦後、かつての文化や伝統は民主主義にふさわしくない、自然や祖先とのつながりがない近代的個人こそが正しいのだとなったが、一方で天皇が生き残って戦前の「伝統」も一部残存したが故に、皇室改革を議論すると激しい対立を呼んでしまう。

山折:東京という都市は一極集中し、一神教化していますよね。皇居の周りをひと回りしても何もなくて、中心を見るようにできている。その点、京都御所の周りにはいろんな神仏が祭られていて、多神教的な世界が構成されています。だから私は以前から「天皇さん、京都にお帰りになったらどうですか」と提案しているんです。京都府なども双京構想というのを出して、天皇さんは無理でも秋篠宮家に京都にお移りいただいたらどうか、と提案しています。日本全体の政治や経済が一神教化している構造を、多元的・多神教的な構造に置き換えてみる工夫が必要ではないでしょうか。

週刊朝日 2012年11月23日号