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「国会の爆弾男」が残した菅直人前首相への遺言

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 ロッキード事件やリクルート事件などの政界疑惑を暴き、「国会の爆弾男」と呼ばれた元衆院議員(旧福岡1区)の楢崎弥之助さんが、2月28日、自宅で入浴中に亡くなった。享年91。

「政治家たる者、目線ば有権者に向けんといかん」

 庶民派で知られる楢崎さんは生前、自身の政治信条を博多弁でこう話していた。長男で秘書も務めた元衆院議員の楢崎欣弥さん(68)は、父の背中から多くのことを学んだと話す。

「前の晩がどんなに遅くても、朝5時には起きて勉強。予算委員会の前には、相手の答えを3通りは想定して、どう質問するかを練っていました」

 秘書を務めた元福岡県春日市議の中村孝三さん(62)も、こう語る

「社会党を離党した1977年は55年体制の真っただ中。組織なしでの選挙は人員、金銭ともに厳しかった。『選挙に奇策はない』『選挙は戦争。気が緩めば負けるとぞ』と話してました」

 そして、政治への情熱は生涯変わらなかった。

「どてらを着てこたつに当たりながら、新聞やテレビで勉強を続けていました。『できんことば言うな』が口癖だったので、口ばかりの政治家にはいら立っていましたね」(欣弥さん)

 楢崎さんは昨年7月、師弟関係にあった菅直人首相(当時)に書面で退陣要求を突きつけていた。そこにはこう記されていた。

〈これは私の遺言である。人間引き際が肝心である〉

 有言実行の人だった。

※週刊朝日 2012年3月16日号


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