早稲田大学国際教養学部教授であり、生物学者の池田清彦氏。仕事柄、昆虫採集などに赴くが、その方法が大震災と付き合う知恵につながるかもしれないという。それが、だましだましの思想だ。

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 虫採りはあらかじめ計画を立てても計画通りに行くことは滅多にない。現場を見て判断し適当な方法を探るのだ。現場主義、別の言い方をすればだましだましの思想である。

 最近、養老孟司と隈研吾の対談が出版されたが(『日本人はどう住まうべきか?』日経BP社)、これが全編だましだましの勧めであった。最近、私が信頼している人は、内田樹にしても岩田健太郎にしても、だましだましの思想を宗としているようで、かつて『だましだまし人生を生きよう』(新潮文庫)というタイトルの本を書いた身としては同志が増えつつあるようで嬉しい。

 それで話したいのは、川村俊一『昆虫標本商万国数奇譚』(河出書房新社)という本のことである。

 この本はフィリピンやパプアニューギニアやメキシコで昆虫採集に血道を上げていた頃の話なのだが、現地の人と兄弟のように付き合ったり、日がな一日店番をしたり、現地の娘と結婚しそうになったりという奇譚は、すべて珍しい蝶を手に入れるという究極の目的のためのかりそめの姿なのである。だましだましの極致がここにある。かりそめの姿だからと言って決して苦しいわけではなく、それはそれで結構楽しいのだ。未曾有の大震災に付き合う知恵は案外こんな所にあるのかもね。

※週刊朝日 2012年3月9日号