広瀬隆「除染後も続く汚染、今からでも避難を」

週刊朝日#原発
 前号に続いて、福島県の危険な状態について、述べることにする。さまざまな報道が伝えるように、福島県内で放射能の除染をおこなって、やがて県民が自宅に戻れるかのようなトーンでニュースが日々流れている。しかし、除染すると言っても、福島県内で超危険な汚染地帯2000平方キロメートルのうち、森林面積が6~7割を占めている。こうした森林の事情をくわしく知る福島県内の人は、「森林での放射能除染なんか、絶対にできない。除染すればいつかは帰宅できるかのような幻想を、福島県民に与えるべきではない」と、私に断言している。

 つまり森林では、秋からの落ち葉のセシウム汚染が深刻になり始めており、これが今後ますます深刻な問題となる。この問題は、雪解けが始まる来春に、さらに新たな水質汚染となって再発すると考えられているからである。

 福島第一原発(フクイチ)から放出され、内陸に流れた放射能の多くは、風に乗って山にぶつかり、太平洋側に落下した。そこが分水嶺である。山岳地帯に始まる水源地の水がやられれば、河川によって上流から下流にセシウムが流れるので、救いようがない。人体が、ほとんど水でできていることを考えれば、上水道の汚染が決定的な意味を持っている。福島県民がカウンターを使って、土壌から出る放射線の空間線量を測っただけで、生活できるかどうかの可否を判断することは、危険である。除染しても、すぐに汚染が再発する。

 福島県内の都市部の場合は、人間が日々生活する住宅地の除染となれば、屋根、壁、雨樋(あまどい)から庭まで、相当な神経を使って、細部まで放射能をはぎ取らなければならないが、コンクリート面にはセシウムが強くこびりついているので、さらに困難をきわめる。現在もフクイチの事故現場からは大量の放射能が大気中に放出されているが、東北地方特有の風は太平洋側から吹くヤマセである。これが吹き出すと、内陸に向かってさらに広大な範囲に汚染が広がるおそれがある。除染しても除染しても、山からも、海側からも、また放射能が襲ってくるのでは、果てしない戦いになり、問題は、そのあいだ住民がずっと被曝し続けることにある。

 こうして、除染不可能な広大な面積、除染不可能な森林と住宅地、表土栄養分の除去による耕作地の死、背後から迫る水質汚染の深刻さ、さらにそこから発生する膨大な量の汚染物の処分場がないことを知れば、除染とは、まさしく幻想そのものである。

 加えて、福島の幼い子供たちや青少年たちが、そこで生活する日々があってこその、"郷里・福島"であろう。行政が、体内被曝の危険性を踏みにじるおそるべき"放射線専門家"を雇って「健康調査」を続け、県民をモルモット状態にしばりつけて被曝疫学統計をとる。そうした人間とも呼べない人間のもとで、その若い世代がまともに生きられるかどうかを真剣に考えるなら、福島県民の命を守るためには、除染より先に、一日も早く避難する方策を計画し、将来の家庭生活を、急いで、具体的に考えてほしいと願う。

 それは、決してあり得ないことではない。日本における農耕地の減少面積は、過去40年間で、ちょうど福島県の面積に匹敵するほどであった。日本列島が山また山の地形であることを考えれば、農耕可能なこの失われた土地の面積は、農業にとって、とてつもなく大きい。そして今も、耕作放棄地がさらに増え続けている。言い換えれば、全国には、福島の農民を受け入れる休耕田と耕作放棄地が広がっている。福島県の労働力が巨大な農地に投入されれば、農業後継者不足と食料自給率の低下に悩む日本で、一挙に両者の問題が解決に向かうはずである。北海道に行った時には、農業関係者から、「放射能で苦しんでいる福島県の農家がこちらに来てくれれば、お互いに助かるのに」という言葉を聞かされた。そして私が、「そうだ、あなたたち北海道民は、明治時代に入って屯田兵などで、みな本土から移住した人の子孫でしたね。今から、福島県民が新天地をめざすことを希望的に考えることはできますね」という会話を交した。

◆日本海側にも放射能汚染拡大◆

 勿論(もちろん)これは県外から考える理想論であり、福島県民がかなりの決断を下して、動かなければ事は一歩も進まない。ひと言、福島に対する思いを述べさせていただきたい。私は、個人的な好みで言えば、かねてから会津地方は特に好きで、鶴ケ城を訪ね、磐梯山に登り、五色沼を歩き、猪苗代湖畔の郷土史料館を訪ね、ここから越後や庄内への鉄路・山道を何度も往還した。一方、原発の建ち並ぶ浜通りには、どうも好感が持てなかった。しかしある日、県内での選挙運動の応援に駆り出され、福島県全域を自動車で回るうち、自分の目を疑った。山奥にたたずむ家並みを見て、福島県は何と豊かな土地だろうと初めて思ったのが、その時であった。明治時代、原野に農業用水や飲用水を供給するため、安積疏水(あさかそすい)を拓(ひら)いた人たちの苦難の歴史を想って、その史跡を求め、郡山駅前から歩いて調査をしたのは、数年前であった。また、福島で有機農法・自然農法に命を捧げてきた人たちと共に活動してきた。原発の学習会のあとは、桜を見るために三春までそっと足を伸ばした。

 思い返すだに、その郷里を汚された福島県民は、一体、どれほど秋風落寞(しゅうふうらくばく)、無念切歯の境地にあるだろうと想像すると、いたたまれない心境になる。私としては、医学的な見地から、あの人たちの体を守りたいだけである。願うことなら、自我に目覚めて新天地をめざしてほしい、と。

 一方、日本全土に降り積もった放射能の汚泥・汚染土壌・汚染瓦礫(がれき)・焼却灰は、さらにまた広大な範囲に、深刻な問題を広げている。この汚染物の拡大は、太平洋側だけの問題ではなくなっている。山形市では、6月下旬になって、ついに汚泥から高い数値の放射性物質が検出され、処理不能に追いこまれた。放射能の雲が山を越えたのか、分水嶺を抜けて河川から汚染が広がったのか。多くの福島県民が避難し、比較的安全だと思われた日本海側にも汚染が広がっているのである。

 これら汚染物のすべての責任は、これを放出した東電にある。ところが、耳を疑う怪事件が起こった。8月に、フクイチからほぼ45キロ離れた福島県二本松市のサンフィールド二本松ゴルフ倶楽部など2社が、東電に除染を求める仮処分を東京地裁に申し立てた。福島原発事故によって、ゴルフコースで高い放射線量を検出するようになり、商売にならなくなったのだから、当然の除染請求であった。ところが東電は、「原発から飛び散った放射性物質は、東電の所有物ではない。したがって、東電は除染に責任を持たない」と主張し、放射性物質の所有権は、それが降り積もったゴルフ場にあると反論したのだ。そしてこの東電のトンデモナイ要求通り、10月31日に、福島政幸裁判長のもとでゴルフ場側の訴えが却下されるという、あってはならない前代未聞の裁判結果となった。(次号に続く)

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ひろせ・たかし 1943年生まれ。早大理工学部応用化学科卒。『原子炉時限爆弾――大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)、『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(朝日新書)、本連載をまとめた『原発破局を阻止せよ!』(朝日新聞出版)など著書多数

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