今月、弁護士の保田行雄(やすだゆくお)氏とお会いして、フクシマ事故を起こした東京電力が今日までまったく果たしていない賠償問題について、意見を交す機会があった。そして私が、「東電に対する日本人の怒りをどこかで集約して、巨大な集団訴訟を起こす必要がある。しかし誰もが日々忙しく、裁判にほとんど時間を割けないので、被害者が名前を伝えるだけで、それを受けて被害の補償を受けられるような一大裁判を起こしていただけないか」という難題をお願いした。

 すると、多くの公害事件の被害者救済に尽力してきた保田弁護士は、東電の賠償に対する態度には、許せないものがあると、次のように説明してくれた。

 フクシマ事故後の4月に、文部科学省研究開発局の原子力損害賠償対策室に、原子力損害賠償紛争審査会なるものが設置されて、賠償問題の解決に取り組み始めた。放射能の危険性を過小評価すると批判されている放射線医学総合研究所理事長の米倉義晴らが名を連ねる、この審査会が8月5日に賠償の中間指針報告書を出した。

 そこに驚くべき文言が書かれていたのだ。

「本件事故に起因して実際に生じた被害の全てが、原子力損害として賠償の対象となるものではない」。えっ、一体なぜ被害すべてを賠償しないのだ! 「被害者の側においても、本件事故による損害を可能な限り回避し又は減少させる措置を執ることが期待されている。したがって、これが可能であったにもかかわらず、合理的な理由なく当該措置を怠った場合には、損害賠償が制限される場合があり得る点にも留意する必要がある」。なにい、被害者は、国からも東電からも、爆発事故発生以来ほとんど何も真相を知らされずに被曝し、逃げまどってきたのだぞ。被害者が損害を回避しなかった場合は自己責任だとは、一体どういうことだ。

 このようにいい加減な審査会が、被害者の身を切るような苦しみを考えずにトンデモナイ中間指針を出したおかげで、東電はそれを受けて、賠償をいかに免れるかという悪知恵を働かせ、補償金の請求手順を書き記した分厚い書類を被害者に送りつけ、読者ご承知の通り、被害者の怒りが爆発する結果になっているのである。

 保田弁護士が言うには、そもそも、自宅や農地を失い、友人・知人を失い、郷里を失い、職を失い、日々かろうじて生活を保ち、これからの生涯にわたる甚大な被害を受けた地元民をはじめとする被害者に対して、「加害者である東京電力」が、補償金の請求書類を送りつけ、「この書式に従って請求しろ」などと、請求の手順や項目を勝手に決めつけることが、法律的にはあり得ない非常識なことである。それをマスメディアが一度も批判していない。メディアが批判してきたのは、書類の分厚さや煩雑さだけで、そんなことは枝葉末節のことだ。

 たとえば泥棒であれ殺人犯であれ、加害者側の責任者が、苦しむ被害者側に、自分の罪状に関する書類を送りつけ、それに従って被害請求をしろと求めることが世の中にあるか、と考えてみれば誰にも分るだろう。前代未聞の不条理が目の前で起こっているのだ。補償金の請求は、被害を受けた人間が怒りを持って、東電に対して、「これこれを補償しろ!」と求める筋合いのものである。その方法や項目を、東電が決定して被害者に通告するとは何ごとだ。そんな権利が、事故を起こした加害者の一体どこにあるのだ。図に乗るにもほどがある。

 そしてもう一点、保田弁護士が指摘した重大事は、この東電の補償金の請求書類には、フクシマ事故で最大の問題である、「放射能によって被曝した被害」の項目がないことだ。いいか、東電、よく聞け。フクシマ事故の最大の加害行為は、金額に換算できないほどの深刻なその肉体的な被曝にあるのだ。その項目が入っていない請求書には、一片の意味もない。

 とりあえず、汚染が深刻なフクシマ現地の難民たちは、当面必要な生活資金を得るために、東電に対してこの書類を使って被害請求を送りつけても結構だが、この東電の書類で請求する内容は、見舞金程度の「仮払い」にすぎないことは法律的に常識である。ところが東電の書類には、「請求は一回限り」であるとか、「これ以降、申し立てることはありません」といった文言が並べられていて、そこにハンをつけ、と威丈高な態度をとっているのである。何という人非人たちであるのか。ここまで加害者を増長させてきた人間たちは、誰なのか。

◆汚染処理費用は東電資産を使え◆

 先週号に書いた通り、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が、10月3日に、東電の賠償と経営維持の方針に関する報告書を野田佳彦首相に提出した。これが東電の今後の10年間の経営の道筋を示す既定事実であるかのように報道され、「東電の合理化案を委員会が厳しく査定した」という論調だが、報告書をまとめた下河辺和彦委員長の口調を聞いていると、「......と東電にお願いします」と、加害者の東電に対して、まるで態度がなっていない。カツカツの生活を送っている被害者の福島県民と比して、最高責任者である東電役員たちが報酬を現在も受け取っていること自体が、非常識のきわみである。一流企業の平均収入よりはるかに高い東電社員の給料を、わずか5%削減してすむ問題なのかと、みなが怒っているのだ。社員の給与を3分の1に減らし、一軒一軒の被害者の自宅を訪れてその生活の困苦を知るという人間らしい努力を一度でもしたことがあるのか。おい、デタラメ発表を続ける東電原子力・立地本部長代理の松本純一よ、聞いているのか。首相就任以来、原発に関して自分の意見を何も言えないデクノボウの野田佳彦よ、こんな電力会社を放置して、それでも政治家として恥ずかしくないのか。

 このままでは、棄民とされ、生涯にわたる大被害を受けた地元民の怒りがおさまるはずがない。

 福島県民だけではない。全国の自治体が頭を抱えている放射能汚染された汚泥の処理はどうなんだ。除染した土などを、どうするのだ。これを、各地の自治体が、「困った、困った」と悩む必要などは一切ない。この放射能を放出したのは、東京電力福島第一原子力発電所なのだから、そこの敷地へ戻せばいいのだ。全国の自治体には、何らその処理責任はない。また、この処理費用を、「国に対して」補償しろと求めてはならない。国が支払うとは、原子力損害賠償支援機構担当の細野豪志のごとき国会議員が払うわけではない。国民の税金なのだ。細野大臣が、われわれ被害者の金で充当するのは、まったくの筋違いだから許されることではない。すべて、東電の資産を使って処理しなければならない。

 こうした正当な請求をするために、巨大な集団訴訟を起こし、国民あげて、傲慢な東電を裁く日が来た。怒りをもって。 (構成 本誌・堀井正明)

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ひろせ・たかし 1943年生まれ。早大理工学部応用化学科卒。『原子炉時限爆弾--大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)など著書多数。本連載をまとめた『原発破局を阻止せよ!』(朝日新聞出版)が8月30日に緊急出版された

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