体験者が語る「最後の恋」の始め方 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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体験者が語る「最後の恋」の始め方

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 モザンビークに出張中だった豊さんが階段を踏み外し、左目周辺を25針も縫う重傷を負ったのだ。幸い現地で2週間ほど入院するだけですんだが、帰国時に迎えに来てくれる人がいない。

「当時、娘は赤ちゃんが生まれて子育ての真っ最中。息子は新聞社勤めで忙しく、来られるかわからない。交際範囲の狭さを嘆きました」

 雅子さんに電話すると成田空港まで来てくれて、その後も身の回りの世話を引き受けてくれた。

「心強いなあと、頭が上がらなくなりました」

 当時、雅子さんは定年退職して次の仕事を探していたが、なかなか決まらずにいた。

「まさか永久就職が決まるなんて......。定年後に白馬の王子様がやってきたようでした(笑い)」

 前妻の三周忌を終えたこともあり、昨年6月に婚姻届を出した。式は挙げなかったが、居酒屋にクラスメートが集まり、ウエディングケーキを用意して祝ってくれた。25人の同級生が後見人になってくれると思うと心強かった。

 豊さんは、核家族化や女性の社会進出が進み、家族のあり方が変化する中では、シニアの生き方も変わって当然だと考えている。

「私の娘も息子も共働きですから、家族水入らずで過ごせるのは週末だけ。子離れ、親離れができているほうが幸せなのでは。大事なのは他人や世間がどう思うかではなく、自分がどうしたいかです」

 一方の雅子さんも言う。

「『楽しみを先送りしない』が夫のポリシー。一緒に毎日を楽しみたいですね」

◆譲れない条件を受け入れて平日だけの「結婚」◆

 埼玉県の大川浩さん(仮名・60歳)と百合子さん(仮名・51歳)は昨年7月に婚姻届を出し、親しい友人が見守るなか海外で式を挙げた。

 浩さんは34歳で離婚。仕事一筋で、家庭を顧みなかったのが原因だった。当時2歳だった娘の親権は前妻に譲り、以来、一度も会っていない。離婚後はさらに仕事にのめり込み、貿易会社で課長を務めていたが、51歳のときに会社が倒産。業務を引き継ぐ形で独立し成功を収めた。53歳で結婚相談所に入会したときの年収は1800万円だった。

 相談所に入会したのは、テレビで女性の婚活特集を目にして、「もう一度結婚するのもいいな」と思い立ったからだ。このときは忙しさのため半年ほどで退会し、57歳で再入会した。高年収のためか、女性からの交際申し込みは150件ほどあったという。

「7、8人と顔を合わせたけれど、みんな会うなり『お車はベンツですか? お家は持ち家ですか?』と聞いてくるんです。いたたまれなくて、15分ぐらいで帰りたくなりました」

 そんな中、ふと百合子さんのプロフィルに目が留まった。写真うつりが良く、「趣味はピアノや旅行です」と書き込んだだけの控えめな自己紹介がかえって気になった。

 百合子さんは42歳のとき、夫との価値観の不一致で離婚した。友達づきあいを認めないなど、自分の大事なものが踏みにじられたと感じることが多かったという。結婚相談所に入会したのは49歳のときだ。

「お友達に誘われて仕方なく、でした。娘が高校生で思春期でしたし、積極的に活動するつもりはなかったんです」

 相談所に登録している男性の多くが、自己紹介の「相手に望むこと」という欄に、「スレンダーな人」「女優の○○似の人」などと書いていたのも、消極的になった一因だ。

 ふたりは昨年3月に会い、互いに好印象を持った。


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