北朝鮮の軍事的な動向は、公開されている情報(オープン・ソース・インテリジェンス)からも、ある程度は予測できる。
 現在、金正日(キムジョンイル)総書記は自らの強固な権力基盤を、自分の健康状態が確かなうちに三男・金正恩(キムジョンウン)へ世襲させることを最優先させている。
 年長者優先社会である北朝鮮で、27歳という若輩者に朝鮮人民軍大将の階級を与え、軍を指導する党中央軍事委員会副委員長に就けた以上、何より重要なことは、「金正恩は軍事の天才だ」という国内向けのレジェンド(伝説)を早急に確立することだ。
 一見すると唐突で過激にみえる北朝鮮の行動は、すべてその目的のため、と考えると理解しやすい。
 今回の砲撃事件につながる一連の流れは、昨年11月に北朝鮮と韓国の艦艇が黄海で衝突、銃撃戦となったことが発端となっている。その際、北方限界線(NLL)を越えて南下した北朝鮮の警備艇は、韓国軍の攻撃により大破し、沈没こそ免れたものの、ほうほうの体で逃げ帰るという醜態をさらした。
 金正日は、この"敗戦"を重くみて、作戦責任者だった金明国(キムミョングク)総参謀部作戦局長を大将から上将に降格させている。
 今年3月の韓国哨戒艦「天安」撃沈は、その報復であろう。主導したのは、金英徹(キムヨンチョル)軍偵察総局長(上将)とみられているが、当然ながら北朝鮮海軍中枢も、さらには金正日も承知しているはずである。
 当時はまだ表舞台に出ていなかった金正恩が関与したのかどうかは定かでないが、おそらく軍内部では、「韓国軍にひと泡吹かせた大いなる壮挙」ということで、金正恩の伝説作りに利用されたはずだ。
 哨戒艦撃沈事件直後の今年4月には、軍幹部およそ100人が一斉に昇進している。降格されていた前出の金明国が大将に復活したほか、李炳鉄(リビョンチョル)空軍司令官や鄭明道(チョンミョンド)海軍司令官らも大将に昇格した。海軍司令官の昇進は、哨戒艦撃沈を金正日が"軍の快挙"と高評価したことを裏づけている。
 一方、それと同時に、金正日は軍の世代交代を急速に進めている。
 対外強硬派の平壌防御司令官だった李英鎬(リヨンホ)上将を昨年2月、大将に昇格させるとともに総参謀長に抜擢。今年9月には早くも次帥に昇格させると、党政治局常務委員兼党中央軍事委員会副委員長という要職に就けた。67歳の李英鎬が、並み居る70代後半~80代の軍古参幹部をゴボウ抜きして、事実上の軍部トップに就任したのである。
 今後、金正恩のレジェンド作りは、李英鎬を筆頭とする軍の新世代リーダーが担う。その主要メンバーは、いずれも9月に党中央軍事委員会に入っている。前出の李炳鉄・空軍司令官や鄭明道・海軍司令官、この9月に大将に昇格したばかりの崔富日(チェブイル)副総参謀長、さらに前出の金英徹・偵察総局長といった面々である。
 ところが、彼ら"金正恩レジェンド特命チーム"に都合の悪い事態が起こってきた。哨戒艦撃沈事件の報復として、米国と韓国が挑発的な軍事演習を激化させたのである。このままやられっぱなしでは、"軍事の天才"金正恩大将のメンツは丸つぶれだ。
 また、北朝鮮軍は、韓国の哨戒艦を撃沈したことは公式に認められないので、北朝鮮の一般国民に向けて、他になにか別の金正恩の"戦果"をアピールする必要があった。そのため、北朝鮮軍は報復のための計画をかなり入念に練ったものと思われる。
 まず、(1)NLLを認めず、韓国の不法占拠であるとしつこく主張する(2)同海域で繰り返される韓国軍の訓練に警告を重ねて出す(3)警告を無視されると、同海域の海上に向かって砲撃する(8月9日)、などの手順を踏んだ。
 今回の砲撃の際も、韓国軍が砲撃訓練を強行したら報復するとの警告文を同日朝に韓国側に送っている。あくまで「先に挑発したのは韓国側だ」との理屈で切り抜けられるように計算されているのである。
 目的は金正恩のレジェンド作りなので、本格的な戦争に至らない程度に短期間で収束することが必要で、しかも米軍を巻き込まないこと、一定の確実なダメージを韓国側に与えられることなどの条件を勘案して、今回の作戦が選択されたという流れだろう。
 朝鮮戦争休戦後はじめてとなった陸上への攻撃は、「輝ける金正恩大将」の功績を作るために仕組まれたものである。決して「対米交渉を睨んだ外交カード」などという「矮小」な目的のものではない。
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くろい・ぶんたろう 1963年生まれ。週刊誌編集者、月刊「軍事研究」記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経てジャーナリスト。著書に『北朝鮮に備える軍事学』(講談社+α新書)、編著に『自衛隊は北朝鮮に勝てるのか』(洋泉社MOOK)など

週刊朝日