3月の銀座・歌舞伎座は、「中村芝雀改め五代目中村雀右衛門襲名披露」公演です。歌舞伎の襲名公演は、人間国宝をはじめとする大御所歌舞伎俳優が一堂に会して、豪華な演目で共演する盛りだくさんな内容。そんな襲名公演の楽しみ方と、各地公演の見どころをご紹介します。歌舞伎を知らなかったかたも、この春から楽しんでみてはいかがでしょうか。

歌舞伎座
歌舞伎座

歌舞伎の襲名は、出世魚のように名前を継承

歌舞伎の襲名は、父や兄、師匠や先代など、古くは江戸時代から続く由緒ある名跡を継ぐことになります。まれにその家の名前ではなく、廃絶された故名優の名前を継ぐことや、死後に追贈されることもあります。数ある芸能の中でも、歌舞伎の襲名が最も豪華に行事化されて、私達を楽しませてくれると言えるでしょう。
華やかな面だけではなく、当事者はそれまで名乗っていた名より高い名を継ぎ、いっそう芸格が向上することを期待されます。また役者もその期待に応えようと気合を込めて役を演じますので、その舞台オーラが観客を喜ばせるのです。
出世魚のように、数段階の名前を継いで行く家も多いですね。たとえば市川團十郎家では、「新之助」→「海老蔵」→「團十郎」。 松本幸四郎家では、「松本金太郎」→「市川染五郎」→「松本幸四郎」となっていきます。同じ人物なのに姓が変わるのは、江戸から続く歌舞伎の歴史の中で、名前が絶えることを防いだ互助関係の名残なのです。

夜の歌舞伎座
夜の歌舞伎座

瑞々しい女形、中村芝雀そして中村雀右衛門

さて、今回襲名の中村雀右衛門( じゃくえもん)は、幕末から続く歌舞伎役者の大名跡。人間国宝となった四代目雀右衛門(1920 ~2012)は、女形の大御所的存在として、晩年まで瑞々しい美しさと格調の高さで人気を博しました。戦時は従軍して南方戦線を転々としスマトラで敗戦を迎え、演劇界に復帰後は映画に出演したり、一時関西歌舞伎に所属したりと、さまざまな境遇や苦労の中、ひたすら努力によって芸を磨いた人物です。
その四代目雀右衛門の次男である中村芝雀(しばじゃく、1955~)は、おっとりと品格漂う女形として、時代物の赤姫をはじめ、傾城から世話物の町娘まで幅広い芸域を演じています。人間国宝の中村吉右衛門と組むことが多いことからも、実力派であることがうかがえますね。
ちなみに、「時代物」とは、歌舞伎が始まった江戸時代より古い時代の設定で、主に武家社会を描いたもの。「世話物」とは、江戸時代の人たちにとっての現代劇で、町人社会や風俗を扱った、いわゆる庶民劇です。「赤姫」とは、歌舞伎に登場するお姫様役ですが、衣装が赤のみならず藤色や薄紅色でも、その役柄を「赤姫」と呼びます。

歌舞伎は、女形の花魁姿も楽しみ
歌舞伎は、女形の花魁姿も楽しみ

華やかな「口上」から、大御所勢揃いの演目まで、全国の襲名公演を楽しもう

五代目中村雀右衛門襲名披露公演は、2016年3月に歌舞伎座、6月に福岡の博多座、7月に大阪松竹座 、そのほか京都や地方巡業での予定が発表されています。
配役が発表されている中では、特に3月歌舞伎座の昼の部『鎌倉三代記』での時姫、 夜の部『祇園祭礼信仰記』 での雪姫、 6月博多座夜の部の『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』での八重垣姫を演じる、芝雀改め雀右衛門が見どころです。時姫・雪姫・八重垣姫は「三姫」と呼ばれ、歌舞伎で、時代物の姫役のうち至難とされる三役。情感と演技力をたっぷり備えた、新雀右衛門の女形ぶりを堪能できることと思います。
また、襲名公演に欠かせない「口上」も、歌舞伎見物の醍醐味。襲名する役者や家族を中心に、一族の役者や幹部俳優たちが裃姿の正装で舞台にずらりと出揃い、順にお祝いの挨拶を、独特の声技で発します。
2016年10月・11月、歌舞伎座で、中村橋之助が八代目中村芝翫を襲名することも発表されました。襲名公演は、名優たちの共演が楽しめる上にわかりやすく華やかな演目が並ぶので、初心者にもぴったりです。この機会に着物などお召しになり、歌舞伎見物にお出かけしてはいかがでしょうか。