いま一番ホットな人たちを、各界に訪ねて話を聞いた。将棋界からは、17歳でプロ棋士となり、歴代2番目の若さで新人王に輝いた、糸谷哲郎(26)を紹介する。

 昨年12月4日、プロ9年目にして名人と並ぶ最高位のタイトル「竜王」を獲得し、将棋界の話題を独り占めした。

 挑戦者決定戦では羽生善治名人(44)を、タイトル戦では森内俊之前竜王(44)を倒し、1990年代からトップとして君臨し続けた「羽生世代」の2大巨頭を撃破した。

 話題をさらったのには、もう一つの理由がある。史上初の「学生竜王」になったこと。

 2006年にプロ入りした後、大阪大学文学部に入学した。現在は休学中だが、大学院へ進み、西洋哲学を専攻。難解さで知られるハイデガーを独語の原書で読む。師匠の森信雄七段は「普通は両立なんて無理」と呆れ顔だ。

「糸谷君には勝負に対する執着心が足りないと感じていたから余計、竜王になったのには驚きました。本当は学業をやめて将棋に専念してほしいんですが……」

 もしかすると強さの秘訣は、哲学と将棋の相互作用では? 本人にその効果のほどを聞いてみた。

「そもそも論として『役立つ』の定義にもよります」

 と、いかにも哲学者らしく答えた後、こう続けた。

「先入観を排除するという意味で哲学に学ぶことは大きい。ただ、それが結果的にプラスなのかマイナスなのかはわかりません」

 ところで、近年はコンピューターの将棋ソフトの実力が向上し、次々とプロ棋士を負かしている。新竜王は将棋ソフトと人間、どちらが強いと考えているのか。

「今でも序盤戦は人間のほうが強いんです。それが中盤から終盤でひっくり返されるケースが多い。これまでトッププロは終盤でミスをしないと思われていたが、実はプロでも終盤でミスすることが明らかになった。これをなくせば、まだトップは将棋ソフトに負けないと思っています」

 最近は将棋の仕事が忙しく「睡眠時間が少ない」のが悩みだが、大学院に復学したいともいう。哲学者竜王の未来はいかに。

週刊朝日 2015年1月23日号