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【レポート】坂本龍一が「最後」の配信コンサートで示した音楽家としての功績と未来
『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』(c)2022 KAB Inc.
坂本龍一のピアノ・ソロ・コンサート『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』が2022年12月11日、世界約30の国と地域に向けて配信された。
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2020年12月以来、2年ぶりとなる配信コンサートが発表された際、「ライヴでコンサートをやりきる体力がない――。この形式での演奏を見ていただくのは、これが最後になるかもしれない」とコメントを寄せた坂本龍一。2021年に再びガンに罹患したことを発表して以降、表立った活動を抑え、現在も治療を続けているため、通常のコンサートは難しい状態にある。
■来年1月発売のアルバム収録曲など計13曲を披露
今回の配信ライブは、坂本が「日本でいちばんいいスタジオ」と評するNHK放送センターの509スタジオで1日数曲ずつ収録され、1本のコンサートになるように編集されたもの。「Merry Christmas Mr. Lawrence」をはじめとする代表曲から、6年ぶりのニューアルバム「12」の収録曲まで、厳選された13曲が新たなアレンジで披露された。
事前に公開された動画コメントで「通常のコンサートのように楽しんでください。enjoy!」と語っていた坂本は、このコンサートを通し、作曲家/ピアニストとしての功績、そして、今もなお音楽家として向上し続けている姿をはっきりと示した。
『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』(c)2022 KAB Inc.
配信ライブは、映画「リトル・ブッダ」のテーマ曲をもとにしたインプロビゼーションから始まった。さらに「Lack of Love」(ゲーム「L.O.L Lack of Love」より)、「Solitude」(映画「トニー滝谷」より)など様々な時代の楽曲が続く。このライブのために新たに構築されたアレンジは、緻密にして大胆。“坂本龍一が演奏している姿を見るのはこれが最後かもしれない”と思うと、長年のファンとすれば気持ちが高ぶってしまいそうになるが、ピアノの音色に感傷のようなものはほとんど感じられない。何よりも音楽自体の自律を重んじてきた“教授”らしい演奏だ。ペダルの操作音、坂本の呼吸なども聴こえてくる臨場感に溢れた音響、そして、ニューヨークから招集した制作チームによる、美しい陰影を描き出す映像も素晴らしい。
『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』(c)2022 KAB Inc.
ライブ前半で特に心に残ったのは、「Tong Poo」(東風)だった。坂本龍一が参加していたバンド<イエロー・マジック・オーケストラ>の1stアルバム「イエロー・マジック・オーケストラ」(1978年)に収録されたこの曲は、中国的な旋律と西洋的な音楽を融合させた楽曲。YMOのコンセプトを端的に示し、世界中のリスナーに大きな衝撃を与えた名曲だ。「Tong Poo」のピアノ・ソロ・バージョンはこれが初めて。テンポを抑え、いきなり主旋律からはじまるアレンジも新鮮だった。後半は力強い低音を響かせ、心地よい高揚感を演出。楽曲の新たな魅力が伝わる名演だったと思う。
■ボーダーを超え続けた坂本龍一の軌跡
後半は、坂本が手がけてきた映画音楽の代表作で構成されていた。まずは凛とした音質と壮大なスケール感を共存させた「The Sheltering Sky」(映画「シェルタリング・スカイ」より)、そして、日本人として初めて米アカデミー賞で作曲賞を受賞した「The Last Emperor(映画「ラスト・エンペラー」より)。「リトル・ブッダ」と同じく、ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画の楽曲だ。共通するテーマは、西洋から観た東洋。当時は“日本人の作曲家がヨーロッパの巨匠と仕事をした”ということ自体もニュースになっていたが、この日の配信ライブの演奏を聴き、その音楽的な到達度の高さを改めて実感できた。通奏低音になっていたのは、出自や歴史を意識しながら、ボーダーを超え続けた坂本龍一の軌跡だ。
もちろん「Merry Christmas Mr. Lawrence」も披露された。映画「戦場のメリークリスマス」のため制作された自身初の映画音楽であると同時に、作曲家・坂本龍一の評価と知名度を決定づけた楽曲だ。ドビュッシーに代表される印象派とアジア的な旋律を結び付けたこの曲は、まさに教授の真骨頂。演奏が進むにつれて集中力を上げ、研ぎ澄まされた音を響かせるパフォーマンスにも強く心を揺さぶられた。
『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』(c)2022 KAB Inc.
13曲を演奏し終わった坂本は、祝福するように手を合わせ、配信ライブは幕を閉じた。ライブ終了後、映像を通して坂本は「今回は初めてピアノソロで弾く曲もずいぶんあって、ピアノ用のアレンジは慎重に考えて、時間をかけてやりました。選曲も慎重にやって、自分としては、ここに来て新境地かなという気持ちもあります」とコメント。その言葉からは、どんな状況においても、自らの音楽を前進させたいという強い意志が感じられた。
■最新作も発表された
配信コンサートに続き、ニューアルバム「12」の先行フル試聴も行われた。坂本のオリジナルアルバムは、2017年発表の「async」以来およそ6年ぶり。アルバム「12」は2021年の手術後、日記を書くように制作してきた楽曲によって構成された作品で、各楽曲のタイトルには制作日が銘打たれている。過酷な治療の合間に、まるで自らの感情と日常をスケッチするようにつづられた12曲は、ピアノとシンセサイザーを軸にした楽曲が中心。シンプルな編成の曲が多いが、その背景には彼が影響を受けてきた音楽、自ら培ってきた技術と創造性がしっかりと息づいている。水墨画のような簡素な筆致で、クラシック、現代音楽、エレクトロニカなどを経由した奥深い楽曲を描き出す。それは言うまでもなく、坂本龍一にしか体現できない音楽だ。
アルバム「12」のリリース日(2023年1月17日)に71歳になる坂本龍一は、前述の通り、現在も治療を続けている。“がんばってください”“信じています”といった類の言葉は、たとえば親友や恋人、家族など、近しい関係性のなかでこそ発するべきで、そうでない場合にはかえって失礼になると筆者は考えているが――この考え方も教授の影響かもしれない――彼の状況を知るにつれ、どうにかがんばってほしいという気持ちを禁じ得ない。来年以降も教授の新しい音楽を聴きたい。今回の配信ライブ、アルバム「12」を聴き、その思いをさらに強くしたのは筆者だけではないだろう。
(森 朋之)
【Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 セットリスト】
Improvisation on Little Buddha Theme
Lack of Love
Solitude
Aubade 2020
Ichimei - Small Happiness
Aqua
Tong Poo
The Wuthering Heights
20220302 - sarabande
The Sheltering Sky
The Last Emperor
Merry Christmas Mr. Lawrence
Opus – Ending
■Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 https://special.musicslash.jp/sakamoto2022/index.html
■坂本龍一『12』https://commmons.lnk.to/twelve
dot.
2022/12/12 13:30