BLM(ブラック・ライブズ・マター)の嵐が吹き荒れた昨年の米国。それを見て日本には人種差別はないもんねと考えるのは大間違い。梁英聖『レイシズムとは何か』は人種差別を学ぶための最良のテキストだ。

<人種は存在しないが人種差別は存在する>と著者はいう。人種差別のせいで、ありもしない人種がつくられるのだと。

「人種」は近代の幕開けとともに出現した。それは資本主義と軌を一にするが、ヒトを生物学的に分類する発想が現れたのは18世紀。「人種」と科学をくっつけた最初の人は分類学の父として知られるリンネである。ヒトを身体的特徴などで分類する人種理論はやがて人類を「劣った人種と優れた人種」に分ける優生思想となり、ナチのホロコーストにまで行き着いた。

 その反省から、大戦後、人種差別は「人類が撲滅すべき絶対悪」とされ、反レイシズムは世界共通の規範となった。それなのに、なぜいまも人種差別はなくならないのか。

 現代の人種差別は市場原理主義と不可分だと著者はいう。黒人は市場で競争せず福祉に依存する、それを放置して特権を与えるから彼らは福祉にますます依存し財政を圧迫するのだ、みたいな言説のことである。

 いわれてみれば、まったくその通り。杉田水脈議員の「生産性」発言もその一種だろう。

 しかも日本は欧米よりも差別に対する意識が低い。この話はショッキングだった。日本には世界の共通言語である「反レイシズムの規範」がないため「被害者の声を聞け」という形に帰結してしまう。<日本型反差別は、加害者の差別する自由に手を付けず、被害者の告白に依存して自分で差別を差別だと判断することを回避する>のだ。

 そうなんです。反レイシズムは被害者保護ではなく社会正義の問題なんです。<レイシズムは単なる差別ではない。レイシズムは最悪の暴力現象を組織する差別だ>とまず知ること。知れば放置はできなくなる。

週刊朝日  2021年2月5日号