飛鳥・奈良時代の「素朴でおおらかな」日本人の心性を歌い上げた、真に日本的なるものを表徴する歌集──万葉集に付されがちなそうしたレッテルに、著者は真っ向から異を唱える。

 当時の中国を中心とする東アジア漢字文化圏に日本が組み込まれ、中国を範とする律令制が導入されたことを抜きにして、この歌集の成立を語ることはできない。時に「民謡」として尊ばれる東歌も、むしろ中央から派遣された律令官人と地方在住者との交流から生まれたものだと著者は説く。最も日本的でありながら最も中国的な歌集、それこそが万葉集なのだ。

 そうした時代背景を踏まえた上で、個々の歌をいかに読み解くべきか、軽妙な翻案を交えながら丁寧に指南してくれている本書は、読み継がれるべき古代の歌の世界を捉え直す格好の手引きとなるだろう。(平山瑞穂)

週刊朝日  2020年11月6日号