デビュー10周年の芥川賞作家による三つの物語を収めた短編集。

 表題作の主人公亜沙は幼いころから、親しい人に食べ物を渡しても食べてもらえない。そこで亜沙は自分が木になって実をつけ、それを食べさせたいと願う。二つ目の物語「的になった七未」の主人公もまた、特別な性質によってうまく生きられない。

 誰しも欠落を抱えながら、なんとか折り合いをつけて生きている。しかし亜沙も七未も折り合いがつけられなかった。純粋で、途方もなく満たされない思いは奇妙でいびつな形となって成就する。三つ目の物語「ある夜の思い出」の成就しなかった結末は、前の2作に対しての救いかもしれない。しかし、どんな形であれ叶えられた切実な願いの美しさのほうが、脳裏に焼きついて離れないのである。(後藤明日香)

週刊朝日  2020年7月31日号