芥川賞を受賞した高橋弘希の『送り火』の主人公・歩は、父親の転勤とともに転校をくり返してきた。そして、中学3年生への進級時、東京から津軽の山間部にある小さな学校に転入する。

 同級生の男子は、歩を入れても6人。歩は、これまでの転校で育んだ観察力で個々の特徴や全体のパワーバランスを早々に分析、把握していく。

 歩の視点で描かれるこの作品には、だから、どこを読んでも繊細すぎるほど正確性を重んじる語句、描写文が並んでいる。それらは、転校生ならではの観察と洞察の産物であり、同じく部外者である読者をあっという間に作品世界に引きこんでしまう力を持っている。考えてみれば、未知の小説と向きあうときの読者は、転校生のような視点で文章を追っているのかもしれない。

 歩が理解したのは、男子グループのリーダーは晃で、遊戯の形をとりながらも、暴力(いじめ)の対象はいつも稔であるという事実だった。一方で、この僻地の風習や言葉も学習しつつ、歩は同級生たちともうまくつきあって夏休みを迎える。1年間でこの地を去るとわかっている者にすれば、それは最善の結果だった。

 しかし、夏休みのある日、歩は暴力の渦に巻きこまれる。その矛先が自分に向けられていると知って混乱し、必死で逃げまどう。なぜ? 歩の驚愕はそのまま読者の衝撃となり、いつでも冷静な観察者の視座こそが暴力の引き金になったと理解した直後、作品から放り出される。

 物語の予定調和だけでなく、主人公と読者の客観を破壊する最終章。最後まで読めば、二重の反動を味わえる。

週刊朝日  2018年9月28日号