昭和初期、日本が戦争へと邁進していく背景には、国家神道による宗教ナショナリズムがあった。天皇を中心とした国体を信奉する国粋的な日本主義。諸宗教もこの流れに呑まれ、いくつもの宗派が弾圧を受けた。その一方で、北一輝、石原莞爾、井上日召など日蓮主義者の一部はこの機に超国家主義を唱えた。彼らの活動は多くの国民に影響を与え、日本という国への過信を膨張させていった。

 親鸞主義者もまた、日本主義と無縁ではなかった。それどころか、親鸞の説く「絶対他力」や「自然法爾(じねんほうに)」は、国体を正当化する論拠となった。親鸞の思想を人生の指針にすえている中島岳志はこの史実に衝撃を受け、日本主義と結びつきやすい親鸞思想の構造的要因を探り、『親鸞と日本主義』を著した。

 三井甲之、蓑田胸喜、倉田百三、亀井勝一郎、吉川英治、暁烏敏(あけがらすはや)……。中島は、親鸞を信奉した宗教者、文学者、哲学者たちの思想を分析。そこから〈親鸞思想と日本主義の関係〉を検討した。さらには、本居宣長と国体との関係性も解き、〈法然・親鸞の思想構造が、国体論の思想構造を規定している〉ことを明らかにする。多くの悩める親鸞主義者たちが、阿弥陀如来の「他力」を天皇の「大御心」に読み替えて国体論を受けいれた根底には、この構造があったのだ。

 構造がしっかりした思想は魅力的で、だからこそ、危険でもある。誤用されれば、中島が解明したように悲劇を生む。戦前回帰を謳う団体が政権に影響を与え、右傾化も進む現在、信仰と愛国心が危険な関係を結ばないためにも、この本が広く読まれることを門徒の一人として願っている。

週刊朝日  2017年9月22日号