人は真実を手に取ることができない。ましてやその手触りを他者と共有することは不可能である。そこで、思考の枠組みとして導入されるのが「物語」だ。そう、本書の指す「物語」はしばしば「演劇」や「小説」ではなく、事実の羅列に因果関係を見いだそうとする人間の思考癖についてである。

 物事を「わかる」というのは知的な行為に思われるが、実は感情的かつ受動的なもので、脳に快楽をもたらす。例えば〈王が死んで、それから女王が死んだ〉よりも〈王が死んで、それから女王が悲しみのあまり死んだ〉のほうが小気味好い。

 物語化とはあくまで仮説。「信仰がないから天罰が降った」となれば怪しげな壺を購入しかねない。物語からあぶれた事実──「『なにを知らないか』を知らない」ことの危うさを知ることが真実への第一歩だろう。

週刊朝日  2017年6月2日号