豊洲市場の移転問題をめぐる3月20日の百条委員会で「2年ほど前に脳梗塞を患った」と明かした石原慎太郎元東京都知事。「残念ながらすべての字を忘れました。ひらがなさえ忘れました」

 じゃあ昨年のベストセラー『天才』は何?と突っ込まれるのを見越してか「物書きでありますから、ワードプロセッサーを使ってなんとか書いてますけど」と付け加えたものの、移転問題は記憶にないのに本なら書ける。いい気なもんだなという印象は否めない。

『救急病院』(2月20日発行)は、その石原慎太郎氏が〈三年半ほど前に軽い脳梗塞を起こし奇跡的に早めに気付いて一月ほど入院した〉(「後書き」)際、病院で耳にした話を核にまとめた小説である。百条委員会では「2年ほど前」だった脳梗塞の時期が、本では「3年半ほど前」。このズレも気にはなるけど、小説の内容がまた悪趣味で差別的なんだ。

 10代で脳に腫瘍が見つかり、一度は手術で除去されるも、後に再発する宇宙開発計画の研究者。人工心肺装置の副作用で両足が壊死した女子高生。覚せい剤の密輸に関与し、拳銃で首を撃たれた中国残留孤児の男性……。物語全体に通底するのは「役立たずになった人間は死なせていい」という思想である(としか思えない)。

 その証拠に、両足が壊死した女子高生の父親は、娘には脳の障害が残り両足の切断も不可欠だと聞いて〈それなら死なせてやってくれ〉と即断する。再発の危険を抱えた宇宙開発研究者は計画遂行後に自殺する。覚せい剤の密輸男は調べが終わって一件落着となった後、〈適当に死なせていただいて結構です〉という刑事の申し出に、医師はそれなら臓器提供をさせようと提案するのだ。

〈ならば、何時にしますかね〉〈あいつを世間様のお役に立てるために、何時死なせるかということですよ〉という刑事の質問に院長は答える。〈それはあなたたちが決めることでしょう〉。人権意識ゼロ。責任感もゼロ。知事時代も一事が万事こうだったのではないかと、つい勘ぐりたくなる。

週刊朝日 2016年4月21日号