本書から、ジョージ・オーウェルの名作『1984年』を連想する人は多いかもしれない。異世界における全体主義国家を描いた、いわゆるディストピア小説である。
 小説が書けないでいる主人公の作家「私」が、母の墓参りのために電車に乗り、なぜか「もう一つの日本」に降り立つところから物語は始まる。そこは第2次大戦後、アメリカによって統治されたパラレルワールドとしての日本だ。日本人は「旧日本人」と呼ばれ、監視された居住区で生活している。「私」は、伝説的な反逆者Jの生まれ変わりと見なされ、旧日本人の代表として政府と衝突することになる。
 題名の「宰相A」とは、アメリカの完全な傀儡となった旧日本人の首相をさす。その顔立ちや態度は、安倍晋三首相の姿をも彷彿とさせるものだ。そのため、設定自体は虚構でありながら、読者は限りなく「現在の日本」を意識してしまう。本作のブラックな笑いに満ちた結末は、果たして今後の日本人にも受け継がれるものであろうか。読後にそのようなことを考えて、うっすらと背筋が寒くなる。

週刊朝日 2015年5月8―15日合併号