主人公の西京寺大介は1977年生まれ。東大を出て99年に外務省に入り、ハーバード大学とモスクワ大学でロシア語を学んだ外交官だが、外務省の方針に不信を抱き……。
 孫崎享『小説 外務省』は『戦後史の正体』(創元社)で注目を浴びた元外交官による驚異の実録小説だ。現役の政治家がすべて実名で登場。作者自身も実名で登場する。外務省の高官についても、それぞれ特定のモデルがいるにちがいない。
 物語は12年2月、鳩山由紀夫元首相のイラン訪問に外務省がストップをかけようとするところからはじまるが、徐々に明らかになるのは<「米国が望んでいない」はすべての案件を論ずる時の切り札である>という論理で押し切る外務省の歪んだ理念であり、何の定見もなくそれに引きずられる政治家たちの無能さだ。
 そこでは過去の約束が平気でなかったことにされてゆく。尖閣諸島の領有権に関しては、田中角栄と周恩来(72年)、園田直とトウ小平(78年)の間で「棚上げにする」という暗黙の了解があった。それがいつどんな経緯で「日本固有の領土」とされたのか。小沢一郎も鳩山由紀夫も対中関係を重んじてきた人なのに、尖閣問題が民主党政権になって表面化したのはなぜだったのか。
 主張の内容は『戦後史の正体』や『日本の国境問題』(ちくま新書)で作者がこれまで書いてきたことと重なるが、高校生にもわかる論理でここまで噛み砕いてみせた点に感服。エリート外交官にしてはちょいとナイーヴな西京寺と同僚の小松奈緒子も狂言回しにはぴったりだ。
 背後には<日本は、「正しいこと」を「正しい」と言えない国になってきた>ことへの強い危惧が感じられる。<西京寺さん、左遷を恐れるな。左遷を恐れなくなると、できることはいっぱいある>とは、作中の孫崎享が主人公を励ます言葉。若い外交官、に限らず組織で働く人全員へのエールやアドバイスもちりばめられる。半沢直樹より実践的かも。とりあえず新入社員は必読かな。

週刊朝日 2014年4月25日号