渡辺淳一『失楽園』(1997年)は不倫カップルが全国の名勝地を旅して美食やセックスを楽しむ、それでも一応恋愛小説だった。それが10年近くたった『愛の流刑地』(2006年)になると、主役の2人はほぼ性行為しかしなくなり、必然的に小説はベッドシーンばかり。『失楽園』が名作に思えてきたですよ。
 で、新作の『愛ふたたび』。主人公は73歳の整形外科医。病院を退職し、妻も亡くしたいまはマンションの一角で「気楽堂医院」を営んでいる。その彼がある日突然「不能(ED)」になった。気楽堂には殿村夫人(52歳)と楓千裕(かえでちひろ)(29歳)という2人のガールフレンドがいるが、どちらとの性行為もうまくいかない。絶望した彼は「不能の男」のための性交の研究に励むが……。さすがナベジュン先生。これに比べりゃ『愛るけ』も名作だった。まだ人間が主人公だったから。『愛ふた』の主人公はもはや人ですらなく性器である。
 失笑ポイントは何十カ所もあるのだが、とりあえず3つだけ。
 その1。気楽堂の性器の知識が中学生レベル。〈これから女の性器、女性器を根本から調べ直してみよう〉とかいって〈気楽堂の学ぶ意欲は、さらに広がっていく〉のはいいけれど、その内容がこ、これ!? とてもお医者さんとは思えない。
 その2。性交に対する認識が高校生レベル。研究の末、気楽堂は〈不能だからといって、嘆き、悲しむことなんかないんだよ〉という境地に達するが、その方法論がそ、それ!?いままでどんな性生活を送ってきた人なのか。ポルノ小説もAVも見たことがないのかな。
 その3。女性に対する勘違いが犯罪レベル。有賀弁護士(46歳)という新しいガールフレンドを手にいれた気楽堂。その迫り方は完全なセクハラである。不能であってもなくても、こんなスケベジジイを受け入れる女性は、ふつういない。百歩譲ってベッドをともにしたとしても、それは恋愛じゃないから。ボランティアだから。お間違いなく。

週刊朝日 2013年8月30日号