学生のころバイトしていた美術館が、講堂で映画を上映した。企画担当者は地元暴力団に挨拶にいったそうだ。興行の世界は暴力団が仕切っているって本当なんだと驚いた。挨拶するとき、金品を持っていったかどうかは聞かなかったけれども。映画がしばしば暴力団をヒーローにするのは、彼らに対する映画界の媚(こび)なのかもしれない。「ミンボーの女」で暴力団を嘲笑した伊丹十三は襲撃されて大怪我をした。
 森功の『大阪府警暴力団担当刑事(でか)』は、暴力団と芸能界、スポーツ界、ベンチャー企業などとのかかわりについて警察側からの視点で描いた本。副題が「『祝井十吾』の事件簿」となっていることから小説だと思う人もいるかもしれないが、ノンフィクションである。ただし「祝井十吾」は仮名。著者が取材した複数の刑事を、この名前で登場させている。
 話は島田紳助の奇妙な引退会見からはじまる。自分は被害者だといわんばかりの口ぶりとは違って、紳助と暴力団とのつき合いはかなり深かったのではないか。違和感をもった著者は関係者に話を聞いていく。明らかになっていくのは暴力団と芸能界との濃い関係だ。また、紳助と暴力団の仲介役となったといわれる元ボクサー渡辺二郎の件からは、暴力団とプロボクシング界とのつながりも明らかにされていく。
 だが紳助が特異だったのは、彼が芸人だけでなく不動産業をはじめとする実業家としての側面も持っていたからだ。この方面でも紳助は暴力団と無縁でなかったと著者は見る。さらにはベンチャー企業と暴力団とのつながりまでも。山口組の組長が5代目から6代目に代わったことで、あっちにもこっちにもこんな影響が、という話に驚愕。もしかして、政権交代より社会的影響は大きい?
 でも、暴力団も悪いけど、税金という名目で広く金を集め、補助金や助成金や減税という名目で一部にばらまく政府だって、五十歩百歩じゃないかと思ったりして。

週刊朝日 2013年4月12日号