朝井リョウの直木賞受賞作『何者』を読んで、「へえ、いまどきの就職活動は大変だなあ」と驚いた人は、ぜひ本書を読んでいただきたい。せっかく苦労して就職しても、こんな会社じゃやってらんない。新庄耕『狭小邸宅』は、限りなくブラックな不動産会社に入社してしまった若者のお話である。
 ブラック企業には二種類ある。ひとつは犯罪スレスレのビジネスをやっている企業。もうひとつは社員を短期で使い捨てにすることを前提とした人事システムの企業で、小説の舞台はこちらだ。
 主人公の仕事は住宅を売ること。こんな時代だから、なかなか売れない。売れないと上司が怒鳴る。めちゃくちゃ怒鳴る。人格を破壊するような言葉で怒鳴る。休日もアフターファイブもない地獄のような日々が続く。読んでいて胃が痛くなってきた。
 ブラックな企業は多方面にあるが(離職率の高いところは皆その疑いあり)、小さな不動産会社を舞台にしたところがうまい。しかも担当は東京の城南エリアだ。たいていの客は高望みしている。駅からの距離や環境などの立地条件、土地と建物の広さや地形、日当たり、そして値段。これらの希望をすべて満たす物件はありえない。妥協しなければならない。ほしいものは何でも手に入るわけではないということを、人は不動産屋めぐりで学ぶのだ。主人公を責め立てるのは上司だけでなく、客たちもまた同じ。狭小なのに邸宅という矛盾したタイトルがいい。
 やがて主人公は売れる不動産販売員になっていくのだが、そのためには人格破壊の洗礼を受け入れなければならない。誇りとか良心とか理想とか、あるいは人間らしさとか、それを全部捨てなきゃ会社では生き残っていけない。身も心も弱ったところで、その企業のやりかたを刷り込む。新興宗教の洗脳と同じノウハウである。
 新入社員のお父さん、お母さん。最近、お子さんたちの顔色は大丈夫ですか?

週刊朝日 2013年3月29日号