ベストセラーになった『13歳のハローワーク』の中高年版かと思ったら、村上龍『55歳からのハローライフ』は、意外にも5編の小説を集めた連作中編集だった。
 村上龍にはやたらと大風呂敷な作品とヘタレな小市民を描いた作品とがあって、本書は後者。作者の年齢も反映してか、主人公はすべて55歳オーバーの中高年である。
 熟年離婚してみたが、将来が不安で婚活に精を出す女性(「結婚相談所」)。キャンピングカーで妻と全国を回ろうと早期退職するも、乗り気でない妻にがっかりする元営業マン(「キャンピングカー」)。中高年の現実はもっとシビアだと思うが、そこはまー小説だから。特に秀逸なのはこれ。アラ還の片思いを描いた「トラベルヘルパー」である。
 「おれ」は63歳。元長距離トラックのドライバーである。若い頃に離婚したので一人暮らし。昔は遊興に明け暮れたが、60歳で運送会社に切られ、金がない現在は100円で買った古本の文庫を読むのが唯一の趣味だ。いまは松本清張を読んでいる。そんな「おれ」が古本屋で出会った50がらみの女性に恋をした。
 ファミレスに誘い『砂の器』の話になった。野蛮な男と思われないか。彼は考える。〈現役のころはヤクザ映画かアクション映画しか観なかったし、本など読む気にもなれなかった。だが、そんなことを知られてはならない。おれは、男の中の男の仕事であるトラックドライバーであって、しかも読書好きなのだ〉
 いいねえ。『69』に登場する高校生がそのまま60代になった感じ。
 トラックドライバーで、しかも読書好き。それはねえべ、と考えるのは職業的な偏見である。彼女相手に「おれ」は日本経済の現状を講じたりもできるのだ。〈現役のころは、こんな話はできなかった。週刊誌ネタと下ネタばかりだった。孤独に耐えて読書した甲斐があった〉
 年とると男はみな純情な少年に戻るという錯覚を起こしそう。ほんとにそうだったらいいんだけどね。

週刊朝日 2013年2月15日号